mixiユーザー(id:1846031)

2019年10月01日22:48

303 view

漫画版『風の谷のナウシカ』、全編完全歌舞伎化! ――新しい「歴史」は生まれるのか?

■歌舞伎『ナウシカ』終了時間は未定 七之助「腹くくって観よう」
(ORICON NEWS - 2019年09月30日 12:36)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=5807806

■新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』制作会見 原作提供の鈴木敏夫P「映画と違って気が楽(笑)」
(ORICON NEWS - 2019年09月30日 12:11)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=5807757

■新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」ユパ役の尾上松也、セルム役の中村歌昇ら配役決定
(コミックナタリー - 2019年08月28日 18:47)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=86&from=diary&id=5766394

 最初、『ナウシカ』が歌舞伎化、というニュースを聞いたときには、「ふーん」程度の感覚でしか聞いてはいなかった。コメントにも「歌舞伎界も企画不足か」なんて呟きがあったが、私の受け止め方も、それに近いものだった。厳密に言うなら、企画者がなぜ『ナウシカ』を歌舞伎化しようと思ったのか、その意図が掴めなくて、内心バカにしていた、と言った方が妥当である。

 今回の歌舞伎化の企画・制作はもちろん松竹。
 ジブリ映画の会社と言えば、その殆どが東宝(初期は東映)だ。一瞬、松竹とジブリとの間に、どんな縁があったのかなと疑問に思ってしまうが、実はあの問題作、高畑勲監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』が松竹配給なのである。
 『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』の高畑監督の新作ということで、ジブリのこれまでの実績や、ディズニーとの初提携ということも考え合わせれば、松竹は当然のように興行的には安パイだと思っていたことだろう。
 ところが新作の内容が、いしいひさいちの新聞四コマ漫画が原作だと聞いて、松竹は大いに慌てたのではないだろうか。新聞四コマの長編アニメ化で成功した例など、同じ原作者の『がんばれ!タブチくん』など数えるほどしかない。その人気もとっくに旬は過ぎてしまっている。ヒットしそうな素因が全くないことは素人目にもはっきりとしていた。
 案の定、『山田くん』は思いっきりコケた。興行収入は16億円で、制作費が20億円に対して大赤字である。作品的な評価は決して低いものではなかったが、公開中ずっと、映画館には閑古鳥が鳴いていたのだった。

 松竹にしてみれば、当時はとんだババを引かされたと思ったことだろう。
 東宝で配給した作品は軒並み100億円単位の超ヒットを飛ばしているのだから、恨みにすら思っていたかもしれない。ジブリは松竹に大きな「借り」を作ってしまったのだ。『ナウシカ』に関して、ハリウッドを初めとして、何度もリメイクや続編の企画が持ち込まれていたにもかかわらず、断り続けてきたジブリ――というより、現著作者である宮崎駿が、今回、首を縦に振ったのには、その「借り」を返そうとしたんじゃないかという気もしてしまう。

 松竹は、ジブリに「借りを返せ」と言いたいがために『ナウシカ』歌舞伎化を打診したのかもしれない。歌舞伎化に向いていて、集客を見込める原作をジブリ作品から探せば、これはやはり『ナウシカ』が筆頭として挙げられるだろう。
 しかし、「通し狂言として、原作全七巻の完全上演、時間は何時間になるか分からない」と聞いて、考えを改めた。単に集客だけを考えたなら、映画版同様、二時間に小さくまとめた方が商売になるに決まっている。松竹は「本気」なのだ。
 上演時間は、昼・夜を通して、恐らくは全十時間にはなるだろう。これは優に『仮名手本忠臣蔵』の通し狂言に匹敵するか、それを超える規模になる。決して、生半可な覚悟で制作できるものではない。
 松竹は、ガチで「21世紀を代表する歌舞伎の傑作」を生みだそうと考えているのだ。歌舞伎の歴史を変える一作を送り出そうとしている。漫画人気に頼ったキワモノなのかな、などと安易に考えていた自身の不明を恥じるしかない。

 漫画が原作ということで、「そんなもんが歌舞伎になるか」と舐めていた歌舞伎ファンは、考えを改めた方がよいと思う。そもそも歌舞伎は、演劇中でも、究極的に抽象化、様式化、あるいは記号化されたジャンルである。同じく極端に抽象化されることで成立している漫画との親和性は非常に高い。
 数百年の歴史の中で、その様式美を正確に踏襲することで「伝統」が培われてきたと考える向きには、漫画原作など不届き千万、と感じられるかもしれない。しかし、その時代時代の「流行」を取り入れることで歌舞伎が発展してきたことも紛れもない事実である。変革を好まないように見えるその様式も、実はその長い歴史の中で何度となく変遷、変質してきている。元祖はそもそも阿国歌舞伎で、女性が演じるものだったじゃないか、とそこまで遡らなくても、初演が再演を繰り返すたびに新演出が加えられてきたことは、ちょっと歌舞伎の歴史を齧っただけでも、いくらでも例を挙げられるだろう。

 落語『中村仲蔵』でも紹介されている通り、もともとの『仮名手本忠臣蔵』ではただのチョイ役で山賊だった斧定九郎を、黒羽二重の着流しの悪党浪人に仕立て直して人気キャラクターに「格上げ」させたのは、明和の初代中村仲蔵だ。
 『勧進帳』の富樫左衛門も、初期は本当に弁慶にまんまと騙される愚かな役人として造形されていたという。改変の時期は定かではないが、明治の頃には「腹芸」の人格者としての役どころが確立している。
 イメージが固まってしまった作品に、冷水を浴びせるようにパロディを仕掛けたのは四代目鶴屋南北だ。『東海道四谷怪談』の主人公、民谷伊右衛門は「元塩冶藩士(=赤穂浪士)」である。「義士」と称えられる赤穂の浪人たちの中にも、ろくでもない悪党がいたことを、南北は喝破していた。史実の赤穂浪士も、赤穂城開城当時、血判状に名を連ねた者のうち、100人近くが討ち入りまでに脱落している。『忠臣蔵』が徹頭徹尾、ウソで固められた欺瞞的作品であることを、南北は実作で示してみせたのだ。

 新作『ナウシカ』は、こうした歌舞伎の改変や新作、再解釈の過程の軌跡を辿った果てに存在している。演出のG2氏は、あくまで歌舞伎のに手法に基づいた演出を行うと言明しているし、歌舞伎役者が演じれば、それはどうしたって歌舞伎になってしまう。
 しかし、どうやったって、『ナウシカ』が既成の歌舞伎から一歩も二歩も踏み出た作品になるのは間違いないと思う。漫画『ナウシカ』は、盟友・高畑勲初監督作品で、自身も場面構成として関わった『太陽の王子ホルス』で描いた共同体幻想――戦後、社会主義者、共産主義者たちが夢見ていた「ファンタジー」を、同じファンタジーの手法を用いて全面否定し、破壊しようとした作品だからだ。
 その一点にこそ、漫画『ナウシカ』の真骨頂があったのだ。

 どんなに観たくても、10時間椅子に座り続けることは不可能だし、東京は遠すぎて予算も捻出できるわけもないのだが――できればDVDかBlu-rayを比較的安価で出してほしいと思う。でも上演時間を考えても、一万円は軽く飛び越えそうなんだよなあ。
 博多座まで来てくれとは言わない。せめて、ライブビューイングをどこかの映画館で実施してほしいと願っている。これくらい「見逃せない」舞台も滅多にないのだから。


2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年10月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031