みなし譲渡課税を適法とした東京高裁平成16年判決
所得税更正処分等取消、各所得税決定処分等取消請求控訴事件
遡及的解除条件をきっちり贈与契約書にいれておけば別の結論になったといえそうな表現ではあります。課税関係は当然契約の経済目的にはいってくる以上、予想外の課税があれば無効をきたす、ということでも当事者の意思解釈としては十分あり得るようには思われます。
【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成16年(行コ)第143号
【判決日付】 平成16年9月13日
【判示事項】 (1) 納税者らの社会福祉法人に対する土地の贈与には、当該法人が贈与の目的を達成するような運営をするという負担又は目的に沿った事業が全くできなくなったときは、贈与が遡って無効になる旨の遡及的解除条件がついていたとの納税者らの主張が、同贈与に遡及的解除条件又は負担が付されていたと認めることはできないとして排斥され、みなし譲渡所得課税が適法であるとされた事例(原審判決引用)
(2) 贈与の目的物に使途の限定があるときは、その贈与は、目的物をその使途に従って使用すべき負担付であるか、使途に使われなくなることを解除条件していると解すべきであるとの納税者らの主張が、贈与の目的物の使途に限定があることのみをもって直ちに納税者らが主張するように解することはできないとして排斥された事例
(3) 土地の贈与の意思表示には錯誤があり無効であるとの納税者らの主張が、意思表示そのものに錯誤があることをいうのではなく、その意思を決定する過程における錯誤(動機の錯誤)をいうものと解されるところ、証拠に照らし、納税者らに動機の錯誤があったとも、あるいは納税者ら等がその動機を表示したものとも認められないとして排斥された事例
(4) 課税の対象が私法上の行為それ自体ではなく、私法上の行為によって生じた経済的成果である場合には、その原因たる私法行為に瑕疵があっても、経済的成果が現に生じている限り課税要件は充足され、課税は妨げられないとされた事例
(5) 所得税法59条1項(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)にいう「その時における価額」の意義(原審判決引用)
(6) 所得税法59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)の立法目的
(7) 所得税法59条1項(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)の規定は、国民の財産権を侵害し、憲法29条3項(財産権)に違反し、法の下の平等を定める同法14条(平等原則、貴族制度の否認及び栄典の限界)にも違反するとの納税者らの主張が、所得税法59条の立法目的は正当であるとして排斥された事例
【判決要旨】 (1)〜(4) 省略
(5) 所得税法59条1項(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)にいう「その時における価額」とは、通常の取引価額をいうと解される。
(6) 所得税法59条1項(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)所定のいわゆるみなし譲渡所得課税は、対価を伴わない無償による資産の移転においても、その資産につき既に生じている増加益は、その移転当時のその資産の時価に照らして具体的に把握できるものであるから、その移転の時期においてその増加益を課税の対象とするのを相当と認め、譲渡所得と同様に取り扱おうとするものであり、未実現のキャピタル・ゲインに対する課税の一環であって、それに対する無限の課税繰延、資産の譲渡所得課税の回避を防止することが立法目的である。
(7) 省略
【掲載誌】 税務訴訟資料254号順号9742
主 文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成12年1月31日付けで控訴人甲(以下「控訴人甲」という。)に対してした同人の平成8年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
3 被控訴人が平成12年1月31日付けで控訴人乙に対してした同人の平成8年分所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
4 被控訴人が平成12年1月31日付けで控訴人丙に対してした同人の平成8年分所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、控訴人らが、特別養護老人ホームの設置、経営等を目的として設立された社会福祉法人Bに対し原判決別紙物件目録記載2及び3の土地(以下「本件土地」という。)を贈与したところ、被控訴人から、所得税法59条1項1号に基づき、本件土地の贈与による譲渡所得があったとみなされて、控訴人甲は平成8年分所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を、控訴人乙及び控訴人丙は平成8年分各所得税決定処分及び各無申告加算税賦課決定処分をそれぞれ受けたため、(1) 上記贈与は遡及的解除条件付き又は負担付きであり、その解除条件が成就したか負担不履行により解除されたため遡って失効した、また、(2) 本件土地の価額評価が過大であるなどと主張して、被控訴人に対し上記各処分の取消しを求める事案である。
原審は、控訴人らの上記主張をいずれも排斥して、控訴人らの請求をいずれも棄却した。
そこで、控訴人らが、原審の認定判断を争って本件控訴を提起した。
2 控訴人らに対する賦課決定処分までの経緯等(証拠を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)
原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」2(1)ないし(6)(原判決3頁1行目から4頁7行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決3頁16行目及び17行目の「有限会社D」を「有限会社D」に、4頁7行目の「棄却決定」を「棄却する旨の裁決」に改める。
3 本件の争点
本件処分のうち、被控訴人による所得税、過少申告加算税及び無申告加算税の計算の方法、各種控除額等については当事者間に争いがないので、本件の争点は次のとおりである。このうちの、争点1−2及び争点3は、控訴人らが当審において新たに主張したものである。
(1) 本件贈与に所得税法59条1項の規定を適用することの適否(争点1)。
具体的には、
ア 本件贈与が遡及的解除条件付贈与又は負担付贈与であり、その解除条件の成就又は負担の不履行による解除が認められるか(争点1−1)。
イ 本件贈与の意思表示について、錯誤無効が認められるか(争点1−2)。
ウ 上記ア又はイが認められる場合にも、本件贈与に所得税法59条1項が適用されるか(争点1−3)。
(2) 本件処分における本件土地の価額評価の適法性(争点2)。
(3) 所得税法59条1項の規定が憲法に違反するか否か(争点3)。
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1−1及び争点1−3に関する当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する当事者の主張」1(1)及び(2)(原判決4頁19行目から6頁23行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決4頁25行目末尾の次に「そもそも、贈与の目的物に使途の限定があるときは、その贈与は、目的物をその使途に従って使用すべき負担付きであるか、使途に使われなくなることを解除条件としていると解すべきである。」を加え、6頁23行目末尾の次に、次のとおり加える。
「一般に、課税の対象が私法上の行為それ自体ではなく、私法上の行為によって生じた経済的成果である場合には、その原因たる私法行為に瑕疵があっても、経済的成果が現に生じている限り課税要件は充足され、課税は妨げられないと解すべきである。仮に、本件贈与が当初から無効であるとしても、本件課税処分がされた平成12年1月31日の時点において本件土地の所有権移転登記はBに残されており、控訴人らに回復されていなかった。また、Bは既に解散しており、解散申請書には残余財産は国庫に帰属するとされている。このように、本件贈与による経済的成果が失われていないので、本件処分は、課税要件を充足した適法な処分である。」
(2) 争点1−2に関する控訴人らの主張は次のとおりであり、被控訴人はこれを争っている。
控訴人らは、本件贈与に当たり、それについて課税されるとは夢にも思っていなかったが、多額の課税をされることになった。また、Bの特別養護老人ホームの設置について山梨県等から約8億円の補助金が交付される予定になっていたが、後日交付されないことになった。さらに、控訴人らは、本件贈与をすることにより、Bが設立され、公益に資することになるものと考えていたが、現実には近隣の反対運動等のためにBは解散の途をたどり、贈与の目的は無に帰した。このようなことを知っていれば、控訴人らは勿論のこと、社会通念上、一般通常人も本件贈与などは決してしないというべきである。したがって、控訴人らの本件贈与の意思表示には要素の錯誤があり、その意思表示は無効である。
(3) 争点2に関する当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する当事者の主張」2(1)及び(2)(原判決6頁25行目から8頁10行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決7頁12行目の「高額になっており、」の次に「しかも、本件土地とは地勢や交通接道条件等において異なっていて、」を、22行目の末尾の次に「この鑑定の内容は、被控訴人提出の不動産鑑定書の内容と比較して信頼に値する。」を加える。
(4) 争点3に関する控訴人らの主張は次のとおりであり、被控訴人はこれを争っている。
所得税法59条1項の規定について、贈与した者が納税しなければならないことがあることを一般国民は認識していない。しかも、その規定の上では財産の評価について「そのときにおける価額に相当する額」とされているだけで、課税標準も何もないため、納税者にとって税金の額がいくらになるのか予測がつかない。本件においても、控訴人らの担税力を超えた過酷な課税になっており、著しく不合理である。このように、同条項は、国民の財産権を侵害し、憲法29条3項に違反するし、法の下の平等を定める同法14条にも違反する。
第3 当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の本件処分は適法であり、その取消しを求める控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 争点1(本件贈与に所得税法59条1項の規定を適用することの適否)について
(1) 争点1−1
この点に関する判断は、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」1(1)及び(2)(原判決8頁13行目から10頁12行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決8頁13行目の「証拠」の前に「前記第2の2の事実及び」を、24行目末尾の次に「そして、控訴人らは、同日ころ、Bに対し、その基本財産とし、老人介護施設の敷地とするため、本件土地を贈与した。」を加え、10頁12行目の次に改行して、次のとおり加える。
「 控訴人らは、贈与の目的物に使途の限定があるときは、その贈与は、目的物をその使途に従って使用すべき負担付きであるか、使途に沿った使用ができなくなることを解除条件としていると解すべきであるとも主張する。しかしながら、贈与の目的物の使途に限定があることのみをもって直ちに控訴人らが主張するように解することはできず、老人介護施設の敷地とするために本件土地が贈与されたこと以外には、控訴人主張のような(黙示の)合意が成立したと評価できる事実関係を認めることのできる証拠はない。
さらに、控訴人らは本件贈与契約が合意解除されたとも主張するが、この主張自体、その時期すら明らかでなく、これを認めるに足りる証拠もない。」
(2) 争点1−2
控訴人らは、本件贈与の意思表示には錯誤があり無効であると主張するが、そこで主張されているのは、本件贈与の意思表示そのものに錯誤があることをいうのではなく、その意思を決定する過程における錯誤(動機の錯誤)をいうものと解される。そして、意思表示の動機の錯誤が要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要すると解されるので、以下、この点について検討する。
ア 控訴人らは、錯誤の内容として、まず、本件贈与に当たり、それについて課税されるとは夢にも思っていなかったが、多額の課税をされることになった旨主張する。
しかしながら、証拠(甲24(丁の陳述書)、甲28(Aの陳述書)、乙14(別件における丁の証人調書の写し))によれば、(ア) Bを設立し、特別養護老人ホームを設置しようという話は、平成6年ころから丁が中心になって、同人が会員になっているM協会(行政書士、税理士などが会員である任意団体。なお、丁は行政書士、控訴人甲は司法書士の資格を有している。)の常務理事のNや、同人から紹介を受けた株式会社O(福祉施設の設計を専門にしており、また、厚生省OBが多く、社会福祉法人について様々なノウハウを持っている会社)、さらには山梨県等にも相談し、指導を受けながら検討を進めた、(イ) その検討の過程で、丁は、社会福祉法人の事業のための寄付であれば税金がかからないことを知り、また、平成7年の夏前ころに上記松本からそのために色々と手続をした例があるということを聞いていた、(ウ) 控訴人らは、丁の父又は姉妹であることから、丁から時折その構想を聞かされており、平成6年12月ころには特別養護老人ホームの敷地とするために本件土地を寄付することを内諾し、さらに、その構想が具体化した平成7年11月ころにも、そのことを改めて了承した、(エ) 丁は、平成8年6月か7月ころ、大月税務署に赴き、本件贈与にかかる譲渡所得の非課税扱いを受けるために、租税特別措置法40条所定の手続をとろうとしたが、結局、正式の手続をとらなかった、ことが認められる。
このような事実からすると、仮に控訴人らが本件贈与に当たりBの理事長(予定者)である戊との間においてそれに伴う税金の件を話題にしていたのだとすると、丁が得ていた上記情報が控訴人らに提供されることが通常であると考えられるところ、本件においては、本件贈与に至るまでの過程でその情報を前提にした検討がされたことをうかがわせる形跡はまったくない。また、控訴人ら及び戊において課税されないことを当然の前提にしており、かつ、そのことが関係者間の共通の認識になっていたのだとすると、本件贈与にかかる譲渡所得の非課税扱いを受けるためにとられた行動は、上記(エ)で認定したのとは異なるものとなるのが通常と考えられる。こうしたことに、本件においては、他に、控訴人らが、本件贈与に当たり、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、そのことを戊に対して黙示的にしろ表示していたものと認めるべき事情(控訴人ら各自が課税されないであろうと考えていただけでは足りないと解する。)を証する的確な証拠がないことを併せ考えると、控訴人らが主張する動機が相手方である戊に表示されて法律行為の内容となっていたものと認めることはできない。したがって、上記錯誤無効の主張は採用できない。
イ また、控訴人らは、錯誤の内容として、(ア) Bの特別養護老人ホームの設置について山梨県等から約8億円の補助金が交付される予定になっていたが、後日交付されないことになった、(イ) 本件贈与をすることにより、Bが設立され公益に資することになるものと考えていたが、現実には近隣の反対運動等のためにBは解散の途をたどり、贈与の目的は無に帰したことを主張する。
しかしながら、本件においては、上記認定(上記1(1)で引用した原審認定を含む。)のとおり、Bは、控訴人らから本件土地等の贈与を受け、それをBの基本財産とし、平成8年3月11日には本件土地等に抵当権を設定して社会福祉・医療事業団から3億2320万円を借り入れ、同年5月ころにはその地上に特別養護老人ホームの建設に着手していた。このように、控訴人らが贈与した本件土地はその趣旨にのっとった利用が開始されていたのであって、その後の特別養護老人ホームの設置に関する事態が控訴人らが主張するようにその期待していたところとは異なる推移をたどることになったとしても、そのような事態は本件贈与の意思表示後の事情の変更により惹起されたものである。
こうしたことからも明らかなとおり、控訴人らが錯誤無効をきたすと主張する事情は、本件贈与の意思表示に直接かかわるものではなく、その意思表示を前提にしてその後形成・展開された法律関係にかかわるものである。したがって、表意者が意思決定の過程においてそのような事情についての懸念を抱いた場合には、その可能性等を検討し、その懸念の内容・程度に応じ意思表示に何らかの付款を付すか否かを決定した上で、意思表示に及ぶのが通常であると考えられる。
これを本件についてみると、証拠(甲23、24)によれば、(ア) 本件土地について平成7年11月10日に有限会社DとB設立代表者戊との間で贈与契約書を作成した、(イ) これは、本件土地は控訴人らの共有物であったが、譲渡担保のために有限会社D名義とされていたので、手続を簡単にするために、控訴人らの承諾の下に上記契約書を作成したものである、(ウ) この契約書の3条には「社会福祉法人Bの設立の認可が得られないときは、この契約は無効とし、これにより損害が発生した場合、甲(有限会社D)は、損害の賠償を請求することができない。」旨の定めが置かれているが、控訴人らが上記で主張する事態が生じた場合については何らの定めも置かれていないことが認められる。これらの事実からすると、控訴人らは、その意思表示の当時、その主張に係る事態に対処するために何らかの付款等を付すまでのことはないとの認識の下に、本件贈与の意思表示をした(その場合には、後日そのような事態が生じても動機に錯誤があることにはならない。)か、そのような事態が起きることをまったく想定していなかった(この場合には、その動機を相手方に表示することは通常は考え難い。)ものと推認される。
そうだとすると、控訴人らに動機の錯誤があったとも、あるいは、控訴人らがその動機を表示したものとも認められず、いずれにしても、控訴人らが主張する事情が本件贈与の意思表示の無効をきたすものと認めることはできない。
したがって、控訴人らの上記主張は採用できない。
ログインしてコメントを確認・投稿する