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2019年08月24日02:44

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戦いの本質は自分との戦いにある

「戦いの本質は自分との戦いにある」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20248 (写真入り記事)

ある方の相談に乗りました。その方は重度のうつ病を患っていて、死にたいくらいに苦しんでおられました。

私の中で、「牧会相談」と「人生相談」と「カウンセリング」はある程度分けています。

「牧会相談」は、この教会の教会員でなくても、洗礼を受けたクリスチャンが対象で、相談の内容を聞いたら、聖書を土台として、祈りながら霊的な解決を目指します。

「人生相談」は、聖書的な解決よりも、現実的、具体的な解決を目指します。

「カウンセリング」は、問題の背後にある精神的な問題の解決を目指します。

それぞれがはっきりと分かれて対応するような場合がありますが、重いうつ病を患った人は、いろいろな問題が重なっています。

うつ病の原因が、環境による場合もあります。その場合は、環境を変えたら治ります。

うつ病の原因が、精神的問題による場合があります。その場合は、精神的な傷が原因ですので、受け止め方を変えたり、赦すことなどで快方に向かいます。

うつ病の原因が、霊的問題による場合があります。その場合は、性的罪や偶像崇拝、スピリチャルな交流を通して悪霊に取り付かれているなどが原因なので、悔い改め、悪霊を追い出すなどをすることで解放されます。

うつ病は原因が一つではないので、簡単に解決しません。

また、そのプロセスの中で、相談を受ける側である私がうつ病の影響を受けて、うつ病と同じ症状を発病することがあります。

私が元気いっぱいで、聖霊に満たされているなら、うつ病の影響を受けないで、その人格を愛し、その人を快方に導くことができますが(多くの場合、精神科医・服薬と二人三脚で治療します)、疲れ切っているような時には、霊・魂・体にうつ病の影響をもろに受けてしまいます。

うつ病になったことはありませんが、うつ病の人と深く関わったことが原因で、うつ的症状に陥って、苦しんだことが何度もあります。

そうすると、何もやる気が出なくなりますし、絶望的な気持ちになり、「死にたい」という気分にさえなります。

神様は、うつ病の人の苦しみを理解させるために、うつ病の人が、「助けて下さい!」と来られることを通して、うつ病の人と関わるチャンスを与えてくれました。

うつ的な気持ちになると、説教の準備どころではありません。そんな時には、ひたすら祈り続け、聖書箇所を繰り返し読むことしかできません。

最初は、霊や魂ががんじがらめに縛り付けられていますが、鎖が引きちぎられるのうに、徐々にうつから解放されていきます。

毎週日曜日に牧師は説教します。聴衆は聞くことで恵まれます。

説教者は、準備の段階ですでに恵まれます。さらに、語ることで恵まれ、その言葉を自分の耳で聞くことで恵まれるので、3倍は恵まれます。

牧師の力はそこにあります。

聖書の言葉が虚しい言葉ではなく、人のあらゆる問題を解決し、あらゆる病をいやす力があることを誰よりも知っているのです。

「雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」(イザヤ書22:10〜11)

上記聖句は、「私(神)が語られた言葉は、必ずその通りになる!」という神ご自身の宣言です。

長年牧師をした人や、長年クリスチャンとして生きている人の信仰は、伊達(単なる飾り)ではありません。

聖書の言葉が真理であることを繰り返し体験しています。

クリスチャンになったばかりの人の方が熱心で、次々に伝道をするので、信仰が強いとように思われがちです。確かにそうかも知れません。

神が問題を解決され方であり、病をいやされる方であると聞いたら、単純にそのままを信じます。

しかし、その単純さや純粋さ、熱心さは、1〜2年のうちに消えるものです。

神の考えと人の考え、そして、神の方法と人の方法が違うことを知るからです。

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。──【主】の御告げ── 天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ書55:8〜9)

神の考え、神の方法が最善であることは、通常、後になってからわかるものです。

「汝、今知らず。やがて後、悟るべし」(文語訳 ヨハネ13:7)

最初、「神が自分の願った通りのことをしてくれるはずだ!」と信じているので、そうではないと知ると、がっかりし、失望し、単純さ、純粋さ、熱心さは消えていきます。

後から振り返ってみると、自分の思った通りになるより、神がして下さったことが最善だったと知るのです。

信仰の先輩方は、そのことを何度も何度も経験しているので、信仰が岩のように堅く、動じないのです。

最悪と見えるようなことが起こっても、振り返ってみて、「あー、神はあの時私を守って下さった!」「そして、あのピンチを、素晴らしい祝福のチャンスに変えて下さった!」「今ある試練も、あの時、この時のように、神は解決してくださるに違いない!」と思って、神を信頼し、目の前の問題に動じることなく、前進し続けるのです。

私は、クリスチャンになって31年、伝道師になって23年、牧師になって18年が経ちました。

たくさんの奇跡を経験してきましたが、今でも、嵐のような試練を経験します。その時、振り返って、「今まで守って下さった神様だから、この試練の中でも私を支え、守り、乗り越えさせて下さるに違いない!」と、思いを変えて、前進します。

うつ病の方の相談に乗る中で、何もしたくない、何もできないような精神状況になりました。

でも、「神は、ピンチをチャンスに変えて下さる!」と信じました。

そんな時、「今日一日台無しだな!」と諦め、腹立たしくなり、ボロボロになりそうになります。

しかし、まず感謝をし、「大丈夫だ。神様が乗り越えさせて下さる!」と、喜ぶのです。

やがて元気が回復し、力に溢れます。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(第一テサロニケ5:16〜18)

うつとの戦いだったのではなく、自分との戦いなのです。その戦いに神を信頼しながら勝利できるのです。

自分との戦いに勝利できますように。

素敵なな一日を過ごせるようにお祈りします。
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