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2019年08月09日07:50

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自ら進んで、喜んでやる自由

「自ら進んで、喜んでやる自由」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20206 (写真入り記事)

「人生山あり谷あり」といわれます。

登山を考えてみると、山登りも大変ですが、山から降りてくるのも足に負担がかかるので、どちらも大変です。しかし、その場その場で違った景色が見れますし、違った感動を味わうことができます。

毎日の生活もまた、山あり谷ありで、山のてっぺんにいる時も、谷底にいる時にも、その時その時を楽しんでいきたいものです。

楽しい仕事もあれば、つらい仕事もあります。

しかし、一つひとつの仕事を「そうすべき」だからそうするのではなく、「そうせずにはおれない」気持ちでしたいものです。

「アリとキリギリス」というイソップ寓話があります。

原作は、「アリとキリギリス」ではなく、「アリとセミ」だったそうです。

イギリスには「セミ」がいないので「キリギリス」に置き換えられたようです。東欧では「コオロギ」に置き換えられるそうです。

�� セミは、夏の間「ミーンミーンミーンミーーーー」歌って遊んでばかりいる。
�� アリは、せっせと働いている。
�� 冬になり、セミは食料がなくなる。
�� セミはアリに「食べるものをください」と頼みにいくというストーリーです。

このことから考えられる教訓は、「働かなければいけない時に遊んでばかりいないで、せっせと働こう」ということになると思います。

まじめな日本人には、うってつけの逸話です。

「アリとキリギリス」には、実は、様々な結末があります。

その��
「冬になって、穀物が雨に濡れたのでアリが乾かしていると、お腹が空いたセミが来て、『食べ物をくれないか?』と言いました。アリは、『なぜ夏の間食べ物を集めておかなかったんです?』セミは、『暇がなかったんです。ずっと歌を歌ってましたので』と言いました。アリは笑って言いました。『夏の間歌ったなら、冬の間踊りなさい』(河野与一訳『イソップのお話』岩波少年文庫)

その��
「さあ、遠慮なく食べてください。元気になって、今年の夏も楽しい歌を聞かせてもらいたいね・・・・キリギリスは、うれし涙をポロポロこぼしました。」(波多野勤子監修・『イソップ物語』小学館)

その��
すると、アリは笑って言いました。
『夏の間歌ったなら、冬の間踊りなさい』
すると、セミはこう答えました。
『歌うべき歌は、歌いつくした。私の亡骸を食べて、生きのびればいい。』

「アリとキリギリス」にいくつもの結末があるのです。

「生き方に正解はない」ということです。

通常の「働かなければいけない時に遊んでばかりいないで、せっせと働こう」という教訓だけが一人歩きしたとしたら、これを聞いた人に重荷を与え、心病んだ人には、傷口に塩を塗るようなものです。

一つの思想だけを押し付けるのではなく、

「その�,箸い�生き方もある。その�△箸い�生き方もある。その��という生き方もある。�´↓�の生き方を知った上で、「どのような生き方がしたいか自分で選んでごらん」
とススメめるのも悪くありません。

聖書は、「もしあなたがたが、わたし(イエス・キリスト)のことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」(ヨハネの福音書8:31〜32)と書かれています。

国立国会図書館には、「真理がわれらを自由にする」と書かれています。

聖書の「真理はあなたたちを自由にする」【ΗΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ】(ヨハネの福音書8:32)から来ています。

私たち人間を造られた神は目に見えません。しかし、そのひとり子イエス・キリストは、2019年前にこの地上に見える人間の姿を取って来られました。

神の言葉にとどまるなら、神にとどまることになり、本当の意味で自由を得ることができます。

私たちの世界には、「こうじゃなければいけない!」「こうあるべき!」というものに満ちています。

しかし、いみじくも、国会図書館に「真理がわれらを自由にする」と書かれているように、本の中の本である聖書を知り、学び、とどまる時に、「こうじゃなければいけない!」「こうあるべき!」と、一つの思想を押し付け合う世界から解放されて、自ら選び取っていける真の自由を生きられるようになるのです。

使徒パウロの生き方もそうでした。

「わたしが福音を宣べ伝えても、それは誇にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。」(第一コリント9:16)

パウロは、「伝道しなければならない」から伝道していたのではなく、「伝道せずにはおれない」から伝道し続けました。

私たちも、「〜しなければならない!」と急かされ、強制されて、嫌々する奴隷のように生きることに別れを告げて、神の言葉によって真の自由を得て、「〜せずにはおれない!」と、自ら進んで、喜んでさせて頂く人生を選び取っていきたいものです。

何事も、やらされている人生はつらいものです。

仮に、それをやらなければいけないとしても、嫌々やらされていると考えるのではなく、自ら進んで、喜んでしていると受け止めたら、何倍も有意義になると思います。

今日も素敵な一日でありますように。
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