■猛毒すぎ・美しすぎ 「ぶっとんだ」33種、生き物展に
(朝日新聞デジタル - 07月13日 20:32)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5705339
昨日の日記に引き続き、I伯父の はなし。
オレが、からくも受かった大学に行くため、実家からの脱出準備を進めていたら、母が脇から、
「らぎ、いまから関西に行くなら 今、胃がんの末期で闘病中のK子さんのところに見舞ってほしい。ついでに、K子さんの嫁ぎ先に、バイトで入ってほしい。」と、いきなりお願いされた。
これから夢多き 大学生活を始めようと胸躍らせるオレに、いきなり何を背負わせる気か?と、正直、困惑したのだが。
しにかけのK子さんは、父方の親戚一同から絶縁を申し渡されていた、義理の伯父伯母の遺児だった。
その人には、まだ小学生の息子二人と 商店を経営する旦那さんがおられた。
K子さんの看病と、店の経営と、幼い子供たちの世話など 到底かなわないK子さんと旦那さんのヘルパーとして、これから関西へ旅立つオレに「学生なんて、どうせヒマなんだろう」と勝手に決めつけていた母が、父の名代として白羽の矢を立てたのだった。
(親のいざこざに巻きこむのは かんべんしてくれ)
「父の兄弟の親戚から、一切 付き合うなと言われているのに、よりによってオレが行ってもいいのか。
向こうの家庭にも都合があるし、なによりK子さんが嫌がるんじゃない?」
と抗弁したのだが、母は聞く耳持たず。
結局、京都から K子さんの嫁ぎ先がある堺市(今、ユネスコ登録遺産で有名な仁徳天皇陵にほど近い住宅街)まで、オレの寺に間借りした下宿から小一時間かけて通い、1週間の約束でK子さんの入院する病院と彼女の婚家先を通う生活を担う羽目に。
ただ、今思えば、今わの際の 伯父さんの娘さんに会えたのは良かった。
その息子さん2人が「らぎにいちゃんの通う大学が見たい。下宿が見たい。^^」と言われて、母のない子たちの息抜きのために、京都まで連れていけたのは、いい交流だったかもしれないと今なら思える。
あの子らも、K子さん亡きあと もう立派な社会人になってるんだろうな。
今にも切れそうな縁をつないでおくことに拘った母の暴挙は、当然 父方の親戚からは疑問視されていたけど、オレにとっては 興味のあった伯父の血縁たちが、その後 どこでどうして暮らしているかを知ることはできたので、いい機会だったのかもしれない。
と、まとまりのない話になりましたが、血のつながりは 水よりも濃いのかもしれないと思えた体験でした。
そんな、ぶっ飛んだお願いごとばかりしてくれた母も 8年前に鬼籍に入りました。^^
穏やかなお盆を過ごそう。
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