22日(月)サポート隊も一緒になって2台の観光バスで出発、バスガイドの頼さんの案内で宝覚寺へ、大戦の南方従軍者の慰霊塔を二つ(台北、台中)お参りする。象が狛犬、大きな金の布袋様を見て、H野くんは私に似ているという。光栄だがお腹は凹まさないと寿命が真似られない。K川くんは早速スケッチブックを取り出して、門の方をスケッチしている。高速道路は多車線、山の木の緑の葉の上に白い花が咲いている。5月の雪という「油桐花」という桐の花である。土産店に入る。お茶を何種類か飲まされてお菓子をつまむ。宣伝に載せられて日本円で購入。皆さん、家族へのお土産を沢山買い込んだから、旅行社も満足だろうね。これでカバンの重さがぐんと増えました。
昼食は石鍋料理、ちゃんこ鍋、うどん鍋、雑炊と3回汁を使用、登山組の方と鍋を囲む。台北に帰ってきて、孫文記念館で衛兵交代式を見る。行天宮は、1969年建設、市内唯一の道教寺院?主神は関羽で、参拝者が10列も行列を作り、収驚という魂を取り戻すお払いを受けている。大きな供物台にお菓子や果物をお供えしていた。
ガーラホテルにおチェックイン。夜の台北見物が楽しみだ。その後に101号ビルの展望台へ。東京スカイツリーや上海森ビルと同じ、台北市の夜の俯瞰を楽しむ。86階で感謝の懇親会を開催。団長さん始め指揮者曾さんが、絵葉書のお礼のつもりかこっそりストラップの飾り物をくれる。団長さんは絵も得意のようで、記念の絵を額に入れて贈ってくださった。
台湾との関係が深い人がいたのに驚く。Y沢氏は、奥様の親戚や知人が震災の犠牲になり、台湾からのいち早い義捐金が復興の着手につながったと感謝を具体的に述べたのは良かった。カメラ担当のM月氏は台湾に勤務していた時期があり、次男の奥様が台中の方で
あり今回ご両親や親戚・知人が多数来てくれたという。現在、そのお嫁さんに日常の世話をして貰っているそうで、沢山のお土産をあ塚っていた。O田氏は奥様同行、製糖工場の指導で台湾に来ていたそうで、懐かしそうであった。かくして台北の夜は更けて行く。
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