6月24日
スピリチュアル(霊的)な幼稚園
私たちはスピリチュアル(霊的)な幼稚園を運営しているに過ぎません。そこで人々は酒をやめ、良い方向に向かって生きていく恵みを見つけ出すのです。
ビルはこう思う 95
ボトルに追いつめられ、飲みたいという強迫観念から逃れたかったのだが、その方法が分からずにAAにやってきた。同じ道を私より先に歩んだ人たちから何かを得るまでは、ここから離れずにいようと心を決めた。突然どういうわけか、その時私は神のことを考えていた!
ハイヤー・パワーを持つようにといわれたが、どれがハイヤー・パワーなのか見当がつかなかった。ハイヤー・パワーがたくさんあった。AAは神についてどんな定説もないから、自分で理解する神を見つけるようにといわれた。私は自分に効き目があったものを見つけ、その力に、正気に戻してくださいと祈った。飲酒欲求が取り除かれた。そして、今日一日ずつ、命が永らえ、私は今どうやって飲まないで生きるかを学んでいる。
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「今日を新たに」 2004年5月31日 翻訳改訂版発行
AA日本ゼネラルサービスオフィス(JSO)発行
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6月24日
アルコールは私たちにとって強力である。だから私たちにとっては弱さになる。酒の中に問題を鎮めることによって意識的あるいは無意識的にせよ、逃避の生き方を生きる心理的な葛藤は、私たちにとって大きな苦痛である。飲むことによって人生の現実から離れようとする。しかしアルコールは今の自分を満たしてくれず、また建設的に整えてもくれず、非現実的な思いの中で究極的には私たちを破壊する。飲み続けることが、今抱えている問題を、より大きく複雑なものにしていくだけだとかすかに気づいて不安に思っていながらも、現実には直面できず、その不安な感情を酒の底に鎮めてしまうのだ。
私は自分の不安定な感情に振り回されないようになっているか?
黙想
新しい生き方に従おうとする自分の態度に対する疑いや不満に心を譲るとき、私は道から外れ、今まで正しい道を歩むことによって築き上げてきたすべてを崩してしまうことになる。本当の私が確かに感じている神が求められる私の生き方を、個人的な疑いや不満で決して惑わしてはならない。時に神からの明らかな導きを感じられなくても、日々の地味な道のりを誠実に歩みたい。静かな信頼の姿勢は、神の直接的な導きに従う明確な行動と同じように祝福されるものである。個人的な疑いと不満が私を浸食していくことを許すことによって、私のスピリチュアル(霊的)なパワーを弱めてはならない。
祈り
疑いと悩みに自分を陥らせることのないよう助けてください。私が選んだこの道を静かに歩み続けることができますように。
ホームカミング社 「一日二十四時間」より
※私の独り言※ AAは霊的幼稚園である、とはよく言われることです。「それでも」とみんなは言いたがります。「AAも一つの社会ではありませんか。その中で過ごしていけば、社会の中で過ごすのと同じ働きがあるのではないですか?」と。私は「霊的幼稚園」という言葉を聞いたときに、なるほど、と感心しました。病院が社会と同じではないように、AAも社会と言い切るのにはどこか不足しているものがある、と感じたからです。私たちはAAの中で訓練を積んで、社会の中で有用な一員として行動できるように生き方や行動の仕方を変えていこうとしています。そして時には打ちのめされ、ぐったりとしてミーティングに現れ、そこに癒やしを求めるのでしょう。
よく「AAの常識は世間の非常識であり、世間の常識はAAの非常識である」と言われたりします。おそらく、最初のうちはそれほど極端なことをやって、AAで提案する新しい生き方を身につけていかないと社会の中でもやっていけないのではないでしょうか。そのうち、社会で常識となっていることがAAの中でも十分通用することが分かってきて、AAで身につけた新しい生き方を社会の中でも実行できるようになっていくのでしょう。そのようにして、自分が飲んでいたときに知らないうちに捨て去ってしまっていた社会とのつながりを取り戻していくのではないでしょうか。
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山口、AA宇部グループ Mike(マイク)
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