「路傍伝道の意義の再認識」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/5/25(土)【1488】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19966 〈写真入り記事〉
先ほども投稿で語りましたが、今日は、神学校でアモス書の講義をしました。
講義をしながら、路傍伝道をすることの意義を再認識しました。
アモスは、南のユダ王国出身で、羊飼いと農夫の仕事をしていました。
ある日、神様からの召しがあって、預言者として北のイスラエル王国の中心地であるベテルに行きました。
そこで神の裁きを語ると、祭司アマツヤがやって来て、「ここは、王の聖所があり、王宮がある場所だから、預言をしてはならない!」「とっととユダの地に帰れ!」「金儲けのために預言をしているのではないか!?」と追い出しに来ました。
「私の親は預言者ではないし、仲間に預言者もいない。神が来て、私を召して下さったから預言しているのだ!」
「しかも、私は手に職を持っていて、十分お金があるから、金のためにやっているわけではない!」と反論しました。
預言者アモスは、権力者がやって来ても、怯むことなく、語り続けました。
アモスは、神の裁きを語ると共に、最後に、回復と希望を語りました。
当時は、裕福で繁栄していましたが、霊的には、偶像崇拝に満ちていて、腐敗し堕落していました。
今の日本と似ています。
私が行なっている路傍伝道は、アモスの預言のように、理解されにくかったり、反対されることもあります。
しかし、この時代のアマツヤのような力ある存在が行く手を阻んでも、日本のベテルである東京に出て行って、神の裁きと福音を語る必要があります。
アモスの名前の意味は、「重荷を負う」です。
アモスは、神から与えられた預言するという重荷を負って語ったように、私たちも、神から与えられた福音宣教という重荷を負って、伝道したいものです。
また、アモスは、パートタイムの預言者でした。手に職を持っていました。
全員が、フルタイムの牧師や伝道者になる必要はありません。むしろ、パートタイムで収入を得ながら、伝道をする人が必要です。
この時代の日本のアモスになって、伝道しましょう。
理解されなかったり、反対されたり、妨げられるという孤独と痛みを経験することがあっても、祈り、聖霊に満たされて、神と共に出て行って語りましょう。
神学校で講義をしながら、路傍伝道の意義を見出してうれしくなりました。
課題の提出期限は6月末です。課題を出さない人がいたら、路傍伝道に一回以上参加しないと単位が取れないということにしました。
しかし、課題を出した上で、伝道するとしたら最高です。
イエス様は、カルバリーの丘で十字架にかかり、死んで墓に葬られ、三日目によみがえって救いを完成されました。
信じるだけで救われ、天国にいけるのです。
罪を指摘するのは、時にはつらいことですが、聖書が教える通りに語り、生きて行く時に、聖霊が働いて下さり、日本を救って下さると信じます。
置かれた場所で伝道をし、時々、一緒に集まって伝道をしていきましょう。
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