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2019年05月16日20:39

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うちには、天使がいます。 11.「トルソー症候群」

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<前回までのお話>
2018年(執筆している時点で去年)4月初め、やまねこのパートナー・ゆかさんは卵巣がんの疑いありと診断されました。
4月24日火曜日、自宅で急に動けなくなり、救急車でZ医大病院に搬送され、
翌25日には脳梗塞が見つかり、そのまま腫瘍の手術まで入院することになりました。
そのあと3日間、抗凝固剤の点滴を受けながら病状は安定していたのですが、
29日、2度めの脳梗塞を起こしてしまいます。
腫瘍が脳梗塞を誘発する「トルソー症候群」その症状は前回よりも激しいものでした。
(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)



午後の病室で、全身にチューブや電線をつながれたゆかさんは、
どこか一点を見つめて、ときどき「あーあーあーあー」と声を上げながら、
ときどき腕のひじから先をぱたり、ぱたり、と動かしながら、
ベッドに横たわっていました。

やまねこはゆかさんの手を握って、
「ゆかさん、やまねこ来ましたよ、大丈夫ですよ」と、
ただ呼びかけ続けていました。
やがてゆかさんはゆっくりこっちを向きました。
やまねこに気がついてくれたのでしょうか。

「ねこさん」

意識はあったんだ―


「朝から すごく よくなかったの
どうしても きぶん 上がらなくて
お昼ごろ どうしても だめになって」

ゆかさんはとぎれとぎれに、かなり時間をかけてだいたいこんなかんじのことを言いました。

「あまり話さないほうがいいですか?」看護師さんに訊きました。
「大丈夫です。話しかけてあげてください」

「ねこさん ごめんね 今日 おでかけ だったのに」
「いいんですよ、そんなこと。
こちらこそ、来るの遅くなっちゃってごめんね」

ゆかさんの言葉はとてもたどたどしく、
なかなか言葉が出てこないように見えました。
当直の先生からの申し送りには構音障害とありましたが、
言葉が浮かんでこないのか、浮かんでいても喉から出てこないだけなのでしょうか。
それはまだわかりません。


看護師さんが、たくさんついている電線やチューブについての説明をしてくれました。
誤嚥の可能性があるので、当分食事はなしで、栄養は点滴によること、
けいれんを抑える点滴も入っていること
(点滴だけでも、よくわからない数の管がつながっていました)
尿も管を入れて取っていること、
そして手の人差し指の先についている線は、
「体内の酸素量をモニターするためのものです。数値が95を超えていれば大丈夫です」
「なにかあったら、遠慮せずにすぐにコールで呼んでください」

神経内科の橋口先生も来て、MRIの写真を見ながら説明してくれました。
4月25日に撮影したMRIには、脳の右下の部分に白く雲がかかったようになっているのが、
「これが最初の梗塞巣です」
今日撮影したMRIには、脳の左側にも白い部分がありました。
「これが新しい梗塞巣―」

婦人科の主治医の葛西先生は、手術があって不在だったのですが、
終了次第顔を出してくれました。

「5月2日に手術しましょう」
少し憮然とした表情にも見えたのですが、
深刻さのあらわれだったのだろうと思います。
「やるしかないでしょう」

たしかに、ずっと抗凝固剤の点滴を続けていたにもかかわらず、
2度めの脳梗塞が起きてしまったのですから、
いつまた脳梗塞が再発するかわからないのです。
「トルソー症候群」の元になっている、卵巣の腫瘍を取り除いてしまわない限り。


看護師さんも先生もいなくなり、
午後の病室に、ゆかさんとやまねこふたりになりました。


しばらくおさまっていた手のばたばたが、また始まりました。
今度は激しく、がん!がん!と大きな音を立ててベッドの手すりにぶつかるのです。
けいれん自体は押さえつけて止めたってなんの意味もないのでしょうけれど、
あまりにも痛々しいので「ゆかさん、怪我しちゃうよ。だめだよ」と押さえようとしました。
押さえつけても動こうとします。
ゆかさんは笑うような声で、
「わたし すごい力ね」と言いました。
「痛くないの?」
「うぅん 痛くないよ」

しばらくしてけいれんがおさまると、
ゆかさんはゆっくりと口を開きました。

「ねこさん ずっとベッドの上にいるって ものすごくつらいことなのよ
きのうまでの3日間だって、すごくすごく長く感じたの」
「でも先生、また手術早めてくれたんだよ。5月2日だよ。
あとたった4日だよ。あっという間だよ」
「でも その先も あるでしょう?」
「それは、しばらくはベッドの上かもしれないけど、
でも腫瘍なくなればきっとよくなるよ。きっとすぐ歩けるようになるよ」
「ねこさんはたった4日と思うんでしょう?
でも 実際にベッドにいると まるで永遠のように感じるのよ。
だから もし ずっとベッド降りられないようなら 死なせて ね 死なせて」
「やめて、大丈夫だよ、ゆかさん死なないよ、
手術してよくなって、いっしょにおうちへ帰ろ?」
「あたし死んだあと 部屋片づけるの たいへんね」
「お願いだからやめて、ね、ゆかさん死なないから」
「おうち帰りたい 死ぬ前にいちどでいいから帰りたい」
「だから死なないよ!ゆかさん、よくなっていっしょに帰るの!ね?」

ゆかさんは唐突に「こんなのいらない」と言って、
指先の酸素モニターのコードをはずしてしまいました。
「だめだよ、つけてなきゃ」必死でもういちどつけてあげると、
ゆかさんはまたはずしてしまいました。

「うわぁぁぁぁぁ」と叫んで、あたりのものを放り投げたくなりました。
でもそうすることで、取返しつかないくらい事態が悪化することはわかっていました。
ぜったいにじぶんが壊れてはいけない。ぜったいに。
頭の中で、それだけが繰り返し響いていました。

どこかでこんなかんじ、経験したことある―
あれはメイさん(ねこ)が、伊豆で行方不明になったときだ。
一週間後に見つかって、警戒してるのにいきなり首輪をつかまえたら、
ものすごい勢いで暴れだした。
ひっかかれて噛みつかれて、血が飛び散ってものすごく痛かったけど、
「絶対に離してはいけない。ここで離したらもう2度と会えない」って、
それだけが頭の中で響いていたっけ。

やがてゆかさんは少し落ち着きを取り戻したように、
「ねこさん わたしはねこさんのことが好きよ」と言いました。
「けんかしてても好きよ」
「ありがとう。とりあえず手術に向けて、全力でがんばろ?
そのあとのことは、そのあとで考えよ?ね?」
酸素モニターも、またつけてくれました。


気が重かったですが、母に電話で伝えなくてはなりませんでした。
少なくとも手術の日取りが早まったことは。
病室に戻ると日が傾き始めて、カーテンの影が長くなりました。

看護師さんが来て「担当の柳沼です」とあいさつしました。
「おとうさん、今夜泊まっていただけますか?」
「おとうさん」と呼ばれたのは初めてだったので、少しあたふたしてしまいました。
「泊まって大丈夫なんですか?」
「はい。貸し出し用のベッドを借りていただくんですが、
今日は遅くなったのでこちらで用意します」
「その前に、ねこにごはんをあげないといけないので、
いっぺん帰ってこないとなのですが」
「大丈夫です。ベッドはこちらで準備しておきますね。よろしくお願いします」
「あと、ひとつだけ、個室になるとやっぱり差額とかかかるのでしょうか」
「いいえ、こちらの都合で移っていただいたので、かかりませんよ」
お金なんて惜しくはないのですが、少しほっとしました。

「ゆかさん、やまねこ泊まっていいって。今夜はいっしょだよ」
「メイさんのとこ 帰るの?」
「うん」
「タクシー使って。払うから」
「うん。でも自分で払うよ。大丈夫。じゃ、行ってくるね」

部屋を出がけに「お大事にね」と声をかけました。
するとゆかさんは突然、
「ぎゃはははは!!!!」と、笑っているとも泣いているともつかない大声をあげて、
手に持っていたスマートフォンを投げつけました。
「ごめんねゆかさん、ごめんね、気に障ること言った?」
「お大事に」は良くなかったか。たしかに不用意だったかもしれません。
ゆかさんはまだなにか叫んでいましたが、
「ごめんね、ごめんねゆかさん、落ち着いて」
また手のばたばたが始まり、
叫び声は「あーあーあーあー」という今日最初に聴いた声に戻っていきました。

水面からやっと顔を出して息をした瞬間、
足をつかまれてぐっっっと水中に引き込まれるかんじ。
ここ数日で何回経験したでしょう。

柳沼さんが入ってきました。
「ごめんなさい。最後に不用意な言葉で興奮させてしまったようなんです。
あと、お任せしていいですか?」
不安ではありましたが、
ここはじぶんが変にがんばるより、とも思ったのです。
「すぐ戻ります」


タクシーでうちへ。
メイさんにごはんをあげて、じぶんもパンをかじって、軽くシャワーをあびて、
寝間着を持って、こんどは自分の車で病院へ。

もう消灯時間を過ぎていました。

照明の落ちた病室で、ゆかさんは静かに横になっていました。
眠っているのかな?と思いましたが、目は開いていました。
ここ数日のうちに何度か見た、とてもうつろな表情で、
やまねこを見てもほとんど反応がありませんでした。
「反応が鈍くなってるみたいです」
柳沼さんが説明してくれました。

ベッドを見ると、手すりという手すりにふとんが掛けてあります。
「どうしてもぶつけてしまいますので」

そしてベッドの脇に、ストレッチャーが1台。
これが今夜のやまねこのベッドです。
ゆかさんのベッドと比べても、50cmくらい?高さが高く、
しかも手すりもないのでなんだか怖いですが、
落ちたら落ちたで、怪我の治療には不自由しないでしょう。ここ病院だし。
ベッドの高低差をなんとか克服して、
ゆかさんの片手を握りました。
「おやすみゆかさん」
反応はありませんでしたが、やまねこはそのままあっという間に眠りに落ちました。





<うたうやまねこ今後のLIVE予定>

5/19(Sun.)駒沢大学ファンラン
Open11:00/Start14:00(予定)/Charge お食事代のみ

5/26(Sun.)日吉Nap → http://www.hiyoshinap.com/
Open18:30/Start19:00/Charge \1,500+1D

6/29(Sat.)四谷天窓.comfort → http://otonami.com/com_top
Open12:30/Start13:00/Charge \2,000+1D

今週末は駒沢大学ファンランで。
14時くらいから、ゆるゆるした雰囲気の中でのLIVEです。
ぜひお食事といっしょに楽しみにいらしてくださいね。
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