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2019年05月13日07:38

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  『 言  霊  』

『 令 和 』 という 治世 というか 御代 が始まって

一週間が経過した。

平成から令和に移行する際、いやその前の四月一日の元号発表の日から

さんざん議論されたことだが、

『 元 号 』に何の意味があるのか?と云う議論だ。

文化文政享保だの寛政だの慶応だの

わずか三〜四年の治世で、御所や宮中の密室会議で決まり上位下達で

縁起かつぎやゲンかついで替えられてきた年号には余り意味は無いかもしれないが、

少なくとも数十年続いた近代の治世の元号には、国体や国民の「言 霊」が

宿るような気さえするのである。

それだけ多くの人々の口の端にのぼり言い伝えられた元号には

当時の政府や国民の期待や意思が込められてきたと思うのだ。



まだ、開国だ!倒幕だ!の幕末の血生臭い空気が残る中

明治と云う時代には「明るく治める世の中」を標榜し、

幕末の暗さを払拭しようと願い、試みた。

まだ戊辰戦争中にも拘らず、海外の制度や技術を導入し、また知識を

吸収し、まるで赤ン坊が育つように富国強兵の道を突き進み、

産業の発展と共に軍部も肥大化していった。

その過程で西南の役や、日清戦争、日露戦争等の国内・国際大戦争を

麻疹(ハシカ)の様に経験した。

近代日本の「少年時代」である。


大正時代には、明治藩閥政治に対する反動から、カタチだけの

議会政治に対して国民参加の民主政治、デモクラシー運動が起こり

「大らかで 正しい」世の中や政治が叫ばれ、

憲政史上 実現しようと試みられた。

「関東大震災」や「第一次世界大戦」等の災難が起こったりしたが

概ねモダンガールやモダンボーイが闊歩する自由でおおらかで

平和な大正の15年間を日本は謳歌した。


戦前の昭和は、ある意味国内は「昭かに和して」国民も軍部も

大政翼賛会の元に一丸となって「帝国主義」に乗り遅れまいとして戦争に突き進んだ。

戦争〜敗戦を 挟み・・・

敗戦後の「戦後ニッポン」は・・今度は「昭かに和して」これまた一致団結して

戦後復興に取り組み、奇跡と言われる速さで高度経済成長をとげ、

じゃぱん あず No.1等と揶揄され始め米国からジャパン・バッシング

されはじめると、ヘラヘラしながら、今度は「昭かに海外と和する」ために

ODAと云う名のバラマキ外交をし始めた。

その過程でオイルショックだの公害だのバブルだの、団塊の世代だのの

の副産物・副作用を引き起こしてきた

「昭かに和する同調圧力」の63年間だった。



さて、バブル崩壊で幕を開けた平成。

昭和の結果として、世界と昭かに和して「平和」 となり、

皆等しく均一に「一億総中流」時代の気分だけが到来し、

民主主義のハズが世界で最も成功した社会主義国と言われる様になった。

その実、平面の水面下ではジリジリとまた貧富の格差が生じ始めた。

平たく成る 平成とはそういう世の中であり、

平和になった が、「お前等カネだけ出してればいいんか?」と

世界や国連から言われPKOや国際紛争に巻き込まれかけ

平面上はかろうじて平和を保っていた時代。

それが平成であった。




さて、皆様お待ちかねの 『 令  和 』


「令しく 和する」 (ナニと?w)

「律令 と和する」 (憲法改正・憲法解釈運用)


などと

好き勝手な、いい加減なことをいっていると

いつかその通りの時代になってそうで 怖いのである。

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