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2019年05月07日09:04

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よたよた日記127「何度でも繰り返し」

■「シャチハタ」じゃなく「シヤチハタ」です! 発表文に毎回表記する理由を広報に聞く 由来は鯱旗だった…
(ウィズニュース - 05月06日 07:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=5607873

「ハンコのシヤチハタが『うちの社名はシャチハタじゃなくシヤチハタです。小さいャじゃなくて大きいヤと表記してください』っていつもいつもしつこいくらいにアナウンスしてるのを世間じゃ何て言ってるか知ってる?」
「知らないけど、、、」
「『ヤ』の催促って呼んでるんだ」

深夜の音楽番組にブルースシンガーソングライターギタリスト?のReiさんが出ていた。ずっと昔に一度だけ彼女に会ったことがある。

もう15年前くらいになるだろうか?難波の閉校になった小学校で「ウェストロードブルースバンド」のクリスマスライブ開かれた。4人の子供たちの中で音楽的趣味が自分に一番近かったのが末娘で彼女には一度くらい生のブルースを聞かせてやりたいという親の目論見があり娘も興味を示したので一緒に出掛けることにした。

当時はチケットをネットで予約するようなこともできなかったので会場が開くのを待ってひやひやしながら当日券を買った。山岸さんはアメリカ暮らしで参加していなかったがそのライブにゲストとして呼ばれていたのが小学校5年生のReiちゃんだった。ウェストロードのメンバーが温かく見守る中、彼女は小さな体に大きなギターを抱えてブルースをかき鳴らした。ホトケさんとも一緒に歌った。

小さな講堂でのささやかなクリスマスパーティーではあったけれど、30年ぶりくらいに会ったウェストロードのメンバーたちも自分同様におじさんになっていて心が慰められた。街には冷たい北風が吹いていたが会場の中は温かかった。帰りのフェリーに連絡する最終の南海電車が難波発9時過ぎだったので最後のアンコールまでは居残ることができずに会場を後にしたが娘も楽しかったようだ。

あれからずいぶん長い時間が過ぎ、当時小学5年生だったReiさんは若手のブルースシンガーとして活躍の場を広げている。中学2年生だった娘はあちこちのブルースフェスなどに足を運び親の誕生日には「タコさん」のCDをプレゼントしてくれるまでに成長した。最近では絆創膏で服を作るという風変わりでブルースフィーリング溢れる感性でファッション主戦場の東京で戦う毎日だ。

彼女たちには血と肉にこだわり、かけがえのない感性の手触りを大事にしながらこれからも個性的な生き方を貫いてほしいと願っている。


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