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2019年05月07日08:18

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Wikipedia、創価学会東京牧口記念会館 保存

Wikipedia創価学会東京牧口記念会館がアンチに消される可能性が出てきたので、ここに保存、公開します。向こうは組織で動く。

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創価学会東京牧口記念会館
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創価学会東京牧口記念会館(東京都八王子市)
創価学会東京牧口記念会館(そうかがっかい とうきょうまきぐちきねんかいかん)は、宗教法人創価学会が1993年10月24日に東京都八王子市谷野町に開館した施設。同会初代会長の牧口常三郎を記念して設立された[1]。

Contents
1 建物
2 牧口記念庭園
3 アカミチを阻むもの
4 「人間主義の都」八王子
5 脚注
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク
建物[edit source]

創価学会初代会長の牧口常三郎
東京牧口記念会館は、創価学会の「最も聖なる場所」と規定される巨大宗教建築物である。八王子市に提出された建築計画概要書では、地上3階(30.58メートル)、地下5階(94.2メートル)、延べ床面積約20,000平方メートルの鉄筋コンクリート造とされているが、野田峯雄が現地を見たところ、地下部分は全て地表に出ており、実際は地上8階建てである。道路から最上部まで125メートルの高さとなる。建築は新古典主義建築の影響を受けており、左右対称で全体の調和が重んじられている。前面にはギリシャのパルテノン神殿を思わせる白く太い列柱が12本並ぶ。外壁は白い大理石とタイルが張られている。縦長のガラスは一部がステンドグラスとなっており、屋根は銅板で葺かれている。総事業費は約300億円と推定されている。建物の登記簿によると所有者は創価学会である。
しかし、「学会員であっても気安く入れる場所ではない」「礼拝を拒否した礼拝所」と述べている元創価学会幹部もいる。開館式の折、池田大作名誉会長はこの施設を「広宣流布の闘士のための殿堂」「牧口先生がごとく、戸田先生がごとく身死弘法で戦う人が集う場所」と規定している(1993年10月24日)。野田は池田が「闘士」「獅子」を自分一人と考えているようだとし、この会館を存分に利用できる者はただ一人、獅子であり、戦う人である池田大作だけであると指摘している[2]。
会館の内部に入ると、緋の絨毯が敷かれ、三階までぶち抜きのロビーとなっている。各階に事務室、法話室、会議室などがあり、同時通訳システムが完備している。7階は650畳の大礼拝堂となっている。
一方、8階は学会機関紙『聖教新聞』も一切触れることがないタブーの領域で、学会幹部の一人は「いってはいけないところ」と述べている。野田は「8階は彼(池田大作)の専用室」と推測している[3]。
牧口記念庭園[edit source]
東京牧口記念会館の裏手にある「牧口記念庭園」は、梅坪町という地名で創価学会員の地主から学会に譲られた。500本のウメの木が植えられている[4]。また、コナラ、クヌギ、エゴノキなどの落葉樹林が広がっている。庭園を含む約17万平方メートルが創価学会の所有地である。さらに西北の仁木、谷野、加住の丘陵には、創価大学、創価女子短期大学のキャンパスが広がり、学会所有地の総面積は70〜80万平方メートルに及ぶ。この広さは東京ディズニーランド、皇居中心部に匹敵する。
池田はかつて、「68万坪に独立国を作ろう。創価王国、創価共和国‥‥」と言ったとされる(1967年3月27日、社長会での発言)。現在、低く見積もっても800億円の資産が構築され、その大部分が宗教法人、学校法人として税制上の保護を受けている[5]。
アカミチを阻むもの[edit source]
創価大学の一部や、牧口記念庭園の入り口の道には立ち入り禁止の表示が目立つ。特に庭園の入口部分は野田峯雄が訪れたとき、ステンレス製のゲートで遮られていた。さらに監視カメラで道を監視し、通行しようとすると警備員が阻止する。野田はここは公道ではないかと疑問に持ち、八王子市役所に問い合わせた。担当者はそこは公務員によって「アカミチ」と呼ばれる公道であることを確認した。ところが次に野田がそこを訪れたときゲートは存在しなかった。行政の指導を受けて撤去したのである。創価学会は公有地に勝手にゲートを設置して交通を妨害していたのである[6]。
「人間主義の都」八王子[edit source]

250px 池田大作名誉会長
創価大学、東京富士美術館、東京牧口記念会館がある八王子市は、池田大作にとって「聖地」といって過言ではなく、会館が面する谷野街道に沿って学会所有の駐車場が多い。学会が資金力にものを言わせて買い集めているとされ、地元民は「この辺はこっちもイケダ、あっちもイケダです。」という[7]。実際、1996年の第41回衆議院議員総選挙に自由民主党の公認候補として立候補した小林多門は「八王子を創価学会の城下町にしてはならない」をスローガンにして、公明党の高木陽介に1万票以上の差をつけて当選した。創価学会による八王子聖地化の動きに対する反発は尋常でないとされる[8]。
池田は著書『随筆 人間世紀の光』に「人間主義の都 世界の八王子」という一文を寄せている。池田と八王子のかかわりは戸田城聖の時代に遡る。池田は戸田とともに八王子を訪れたが、戸田は「宿縁深き大地が、夢に見た天地が、ここにある」と述べたとされる。池田はまた、1979年に事実上「会長辞任の総会」となった創価大学での総会で婦人部員たちに励まされたことが心に残っており、「ここには、何があっても変わらぬ、師弟の深き世界が光っていた」という。その他、モスクワ大学総長であった物理学者のログノフ博士は東京牧口記念会館を訪れた際、「現代は、人間主義が欠けています。二十世紀は過酷な、無慈悲な時代だったのです。私はこの桜を見て、『本当の人間主義が、ここにある』と実感しました。」と述べたという[9]。
脚注[edit source]
[ヘルプ]
^ 野田 2000b, p. 33.
^ 野田 2000b, pp. 33–35.
^ 野田 2000b, p. 36.
^ 野田 2000a, pp. 205–206.
^ 野田 2000b, pp. 36–37.
^ 野田 2000b, pp. 45–49.
^ 野田 2000a, p. 207.
^ 野田 2000a, pp. 207–214.
^ 池田大作『随筆 人間世紀の光』聖教新聞社、2005年4月
参考文献[edit source]
野田, 峯雄『わが池田大作バッシング 世紀末の奇怪な足音』第三書館、2000年2月。
野田, 峯雄『池田大作 金脈の研究』第三書館、2000年3月、増補新版。
関連項目[edit source]
東京富士美術館 - 隣接している。
創価大学 - 近傍。
外部リンク[edit source]
公式web site

この文書は、以下の条件で転載可能です。https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/
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