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2019年05月06日14:45

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Sinfonia Dramatique 第5回演奏会「くるみ割り人形」全曲

芸術性高し!佐藤雄一氏の音楽性が存分に発揮された演奏会。

☆Sinfonia Dramatique 第5回演奏会 春のバレエ全曲演奏シリーズ第3弾
■日時:2019年4月14日(日)13:00開場/13:30開演
■場所:ティアラこうとう大ホール(江東区)
※都営新宿線/東京メトロ半蔵門線「住吉」駅A4出口徒歩4分
■曲目
♪P.I.Tchaikovsky/バレエ音楽『くるみ割り人形』全曲op.66
■指揮:佐藤 雄一
■合唱:ガーデンプレイスクワイヤ ヴォチェス・エクスプレセ
■管弦楽:Sinfonia Dramatique

用事を午前中に済ませ、ゆっくりと向かったティアラこうとう。
そこには目を疑う長蛇の列が。
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それが劇響の公演の列だと信じられなかった。
しかし、紛れも無く劇響の公演なのだった。
列は私たちの後ろにもどんどん伸びた。
大入り大盛況である。テンションが上がった!

Sinfonia Dramatique、通称「劇響」は、回を重ねるごとに団としてのまとまりがよくなり、表現力も増してきた。
第1回演奏会で「白鳥の湖」全曲を、第3回演奏会では「眠りの森の美女」の全曲を取り上げた。
満を持しての「くるみ割り人形」の全曲である。
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演奏は、佐藤雄一氏の個性が全編に漲り、誰も聴いたことが無い「くるみ割り人形」となっていた。

この演奏会に先駆けて、フェドセーエフ指揮N響による「くるみ割り人形」全曲をテレビで視聴していた。
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N響も遅めのテンポを基調とした個性的な演奏だったが、佐藤氏指揮する劇響の演奏はそれを遥かに凌ぐものだった。

全編が佐藤氏のヴィジョンと計算に貫かれており、他の誰の演奏にも似ていなかった。
遅い曲は圧倒的に遅く、最初の「小序曲」から度肝を抜いたが、ただ遅いわけではなく、音楽の表情を存分に引き出していた。
また、緩急の変化を付け、山場に向けて盛り上げる見事な設計を聴かせていた。
有名な曲では、意外性のある表現で聴き手を驚かせた。
あまり知られていない曲や、つまらないと思われている曲は、オーソドックスを芸術の域に高めた演奏で、曲本来の素晴らしさを堪能させた。

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私が佐藤雄一氏の演奏会を聴き続けているのは、多くのことを感じさせ想像させてくれて、得るものが非常に大きいからである。
今回も多くのことを感じた。

「くるみ割り人形」はワーグナーの美学に対するチャイコフスキーの回答であるかもしれない。
チャイコフスキーは、1876年にバイロイトで「ニーベルングの指環」の全曲初演を聴いている。
「くるみ割り人形」の初演は1892年である。
ワーグナーと同時代の作曲家で、その影響から逃れられる者はいなかったという。
チャイコフスキーの内面で時間をかけて熟したワーグナーへの回答が、「くるみ割り人形」の音楽に現れているとしたら――
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――ワーグナーの楽劇の魔力の一つはその長さにあり、延々と続く音楽に聴衆が疲れ果てたその先に、圧倒的なクライマックスが訪れ、感覚が麻痺した聴衆を虜にしてしまうという。
佐藤氏の「くるみ割り人形」では、第1幕では序曲が、第2幕ではコーヒー(アラビアの踊り)が、常識を覆す遅いテンポで緩徐楽章の役割を果たし、それぞれの幕のクライマックスをより劇的にしていた。
佐藤氏独特と思われる演出の背景には、チャイコフスキーの「総合芸術」をワーグナーの影響から読み解くという狙いがあったかもしれない。

私は演奏会の紹介記事で、「佐藤氏ならではのドラマの描き方や、合唱部分にも注目だ。」と書いた。
しかし、聴き始めてすぐ、音楽に独自の法則性と自立性があり、R.シュトラウスの「ドン・キホーテ」のような、登場人物の動作の解説としては聴けないことを悟った。
佐藤氏の演奏も、音楽それ自体の構造や細部の美しさをありのままに表現し、バレエにも物語にも音楽を隷属させなかった。

そんな訳で第1幕は、プログラムの解説通りには音楽を捉えられず、佐藤氏の魔法にかかったように心地よく時間が過ぎた。
しかし、ネズミが登場する辺りから音楽は劇的に盛り上がる。
打楽器奏者がピストルを「パン」と撃ったり、黄色いおもちゃの(?)進軍ラッパをソロ奏者が立って吹いたりと、見た目の楽しさも満載。
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しかし、音楽上の最大のクライマックスは最後に取ってあった。
それが「雪片のワルツ」だった。

N響の演奏を聴いたときから「雪片のワルツ」が、舞台上では表現しづらい内容でありながら、幻想的な合唱も入り、チャイコフスキー自身の力の入れようが半端でないことを感じていた。
しかも、リズム表現が難しい。ワーグナーよりもむしろベルリオーズを思わせるリズムの難しさだ。
(ベルリオーズのリズム表現は、ワーグナーのそれよりも神経質で難しいことをブーレーズが指摘している。)
天下のN響ですら「この曲は難しいんですよ」という演奏をしていたし、劇響もツイッターで難しさを訴えていた。
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しかし、本番は非の打ち所が無いほど素晴らしい演奏だった!
リズムの自然さは困難を全く感じさせず、ガーデンプレイスクワイヤとヴォチェス・エクスプレセによる女声合唱は、涼やかで美しい音色で統一し、児童合唱に負けずとも劣らなかった。
なんと素晴らしい音楽だったことか!
まさに、「佐藤氏が本気で指導するとこうなる」という芸術的完成度で第1幕を締めくくったのだった。

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「くるみ割り人形」は、1892年の初演時、観客の反応はまずまずであったものの、主題が弱いと考えられたことなどから大成功とまでは言えず、ポピュラーな作品となるまでにはやや時間を要したという。
第2幕は、確かにストーリーと言えるほどのものが無く、「これは何を伝えたい作品なのだろう?」と、私も疑問を感じつつ聴いていた。

しかし、佐藤氏と劇響による創意とファンタジー溢れる演奏を聴いているうちに気が付いた。
これは音楽による「プレゼント」なのだと。
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(これは劇響からのプレゼントのクリアファイル)

クリスマスの物語だということもある。
チャイコフスキーは、自身の最良のアイデアをつぎ込んだ、丹精こめた作品を聴き手に(子どもたちに?)プレゼントしたのだ。
もちろん、作曲家も興業的な成功を収めたいと考えて作曲する。
だが、バレエの舞台から解き放たれた、自立的な美しさに満ちた音楽を聴いて、優れた芸術家が持つ無償の愛がなければ、これほどのものはできないと思わずに入られなかった。

第2幕の演奏は、第1幕を終えて少しホッとしたのか、やや緊張が緩んだ感はあった。
しかし、聴き所は満載。
死ぬほど遅い「コーヒー」と、組曲には入っていない「ジゴーニュおばさんと道化たち」の楽しさは特に印象に残った。

「花のワルツ」は、古今のワルツ曲の傑作中の傑作だろう。
佐藤氏の指揮でも何度か聴いているが、これまで聴いた中では最良の演奏だったと思う。
それでも、弦楽合奏が興に任せて少し速くなったりするのは、私には不満だった。
――だがそれも、次の曲を最高のクライマックスとするための布石だったのだろうか?

N響の演奏を聴いて、グラン・パ・ド・ドゥの「アダージォ」が全曲の最大の山場になると予測していた。
しかし、単純な「ドシラソファミレド」を基調としたこの曲の、真に説得力のある演奏はまず聴けないと言ってよい。

だが、佐藤氏はここでも奇跡を起こした。
もう、オーケストラの音が鳴り始めた瞬間から、それまでと全然違う充実した音が出ていた。
これほど説得力のある「アダージォ」は、今まで一度も聴いたことがなかった!
もちろん、フェドセーエフの指揮も超えていた。
表現されていたのは、【究極の愛】とでも言うべきものだった。
聴き手に(子どもたちに)最良のものを贈ろうとするチャイコフスキーの情熱を感じた。
そして、ここにもワーグナーの音楽への回答があった。
半音階に満ちた「トリスタンとイゾルデ」の手法によらずとも、愛を描けるということをチャイコフスキーは証明したのだ。
「くるみ割り人形」全曲は、むしろ半音階を巧妙に多用しているから、「アダージォ」の全音階は意図的なものと言えよう。

こんぺい糖の精の踊りは、チェレスタの音色を堪能できたが、奏者がやや走り気味に弾くのは不満だった。
最後の曲も、「アダージォ」に比べると印象が弱かったのは否めない。

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それでも、この演奏会は、芸術性から言っても、聴衆の動員数から言っても、佐藤氏の演奏史上でも稀に見る大成功だった。
佐藤氏の指導についていった奏者達、そして様々な工夫をして聴衆を動員した団長はじめとするスタッフたちの努力に敬意を表したい。
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劇響の次回は、9月29日(日)。
ハイドンの104番とショスタコーヴィチの15番交響曲。
会場は音の良い、かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール。
ショスタコの15番は現代的な曲だから最初は心配だったが、今回の「くるみ割り人形」の完成度を聴いて、不安は払拭された。
両曲の神髄が聴けるに違いない。

追伸
会場で佐藤氏の二つの演奏会のチラシが配布されていた。
それにより、今まで分からなかった演奏会の詳細が分かった。
リンク先の演奏会情報をご覧ください。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969891010&owner_id=26363018
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