「濃さを薄める」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/4/27(土)【1462】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19885 〈写真入り記事〉
集会での司会は、「司会者:会衆」という構図になるため、心のピンポンはしますが、それをし過ぎることはありません。
せめて、前に座っていて、うなずいてくれたり、笑顔を向けてくれる人に反応しても、あくまで全体の中の一人としての関わり方には変わりありません。
もし、一人の人を相手にし過ぎて、その人との話で集会が前に進まないとしたら、他の会衆は不快な思いになると思います。
集会が終わって、懇親会の食事の席に移行した時に、独壇場で一人でべらべらしゃべる人が居たらどうでしょう。
最初は、適当に相づちを打ち、相手にしていても、あくまでしゃべり続けるならば、困惑してしまうでしょう。
そんな時、話を逸らしたり、無視しても効果はありません。
場の空気が読める人は、そういう状況になる前に、自制して、自分ばかりがしゃべるのではなく、相手に話してもらって耳を傾けます。
その人一人が濃い状態を薄めるしかありません。
「はいそこまで!」と打ち切り、他のみなさんに話を振って行くのが良いでしょう。
しかし、その役をやる人が居なかったらどうしたら良いでしょう。
その役をあなたがやるように、神様がチャレンジしておられるかも知れません。
4人で話をしているとして、その一人がほとんどすべての時間で話をしているとしたら、他の3人のみなさんの時間を泥棒しているのと同じです。
その人から嫌われることを覚悟して、濃さを薄める作業をしたいものです。
しかし、誰かが、その十字架を負わなければ、懇親会が台無しになります。
路傍伝道には、比較的、個性的な人が集まって下さいます。
無口で控えめな人も居ますが、おしゃべりで押しの強い人も居ます。
そんな時、押しの強い濃い人の濃さを抑制してもらって、控えめの薄い人に話を振るようにします。
無口で控えめの人は、人が良く、常識的な場合が多いです。
それをいいことに、押しの強い人にしゃべらせていると、どうなるでしょうか。
無口で控えめの人は、何も言わないと思いますが、何も言わずに去って行く可能性があります。
私は、どちらかというと、この無口で控えめな人。普通な人。人が良く、常識的な人を大切にしたいと思います。
押しが強いおしゃべりの人に、その濃さをどう薄めるかが腕の見せ所ではありませんが、難しいところです。
神様に祈って、力と愛と知恵を頂いて対処するしかありません。
個性が強く、濃い人も、神様に愛されていますし、大切な人だからです。
集会で全体が一つになる時とは、登壇している人以外に注目が集まっていない状態です。
同じように、みんなで神様に思いを集中し、神様を中心にしたら、交わりの場が楽しくなります。
それを手助けするのが、私であり、あなたです。
10連休のゴールデンウィークがはじまりました。
家族や友人や仲間たちと、楽しい交わりを持って下さい。
濃い人が居たら、薄める力と愛と知恵が与えられますように。
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