mixiユーザー(id:170191)

2019年04月24日00:01

285 view

米沢・小野川温泉旅行記

日〜月の2日間で山形県米沢市の小野川温泉を旅してきました。
2月22日の「猫の日」のネットのニュースで国内各地の「猫温泉」特集をやっていて、ここが取り上げられたので気になり調べてみたところ、古い建物が多いなど猫以外にも注目点があったので、その中の最古参級の旅館に予約を入れました。
交通費を極力ケチりたいので行きは土曜夜発の東北急行バスの夜行高速バス「レインボー号」(山形行き)を利用。山形行きのバスは色々ありますが、これは数少ない米沢経由です。
東京駅八重洲口発ですが、JRバスなどが発着する駅前のバスターミナルでも旧ツアーバスなど新興路線が中心に発着する鍛冶橋駐車場でもなく、駅前通り沿いのセブンイレブン前から発車します。やはりよく調べないで駅前や鍛冶橋に行ってしまう人が多いらしいですね。
バスは東京駅を出ると、上野駅、浅草駅を経由して高速に入ります。以前は北千住、草加、新越谷、岩槻にも停留所があったし、東京駅ではなく浜松町のバスターミナル始発でしたが、徐々に削減されて今の運行形態になったようです。旧日光街道の草加駅入口にバス停があるのは昔から知っていて、こんなところから山形まで乗り換えなしで行かれるのかと思っていただけに、いつの間にか廃止されていたのは寂しい限りです。
また、途中停留所が多かった頃は浜松町〜岩槻など首都圏のみの利用も可能だったそうで、他の夜行高速バスと一線を画す運行形態はユニークでしたが、競争力に欠けるという理由で結局は他と同じような普通の高速バスになってしまいました。
バスは上野で満席になり、浅草では乗車がないけど一応停車していました。座り心地の悪い中央最前列の席になってしまったのには凹みましたが、通路挟んで隣に猫耳帽をかぶった橋本愛or筧美和子or丘みどりみたいな大きな猫が来るという緊急事態発生(汗)。
その後は羽生PAで休憩して、福島駅に停車してから5時に米沢駅東口に到着。時間が早すぎるし途中で降りる人はいないだろうと思ったら、意外にも数人いましたし、なんと大きな猫も下車。
ここは周囲を山に囲まれた場所で、さすがに市街地に雪は積もっていませんが、周りの山々はまだ雪化粧していて、それだけに寒かったです。
到着後は、東口から数分歩いた場所にネットカフェがあることを事前に調べたので向かったのですが、近付いてみると看板がなくて真っ暗でもぬけの殻状態で、思わず「何で?何で?」と声も出てしまったし途方に暮れてしまいましたが、バスを降りて同じ方向に歩いていた大きな猫に「随分前に潰れた」「この辺は何もないですよ」と教えられました。但し近くに24時間営業でイートインがあるマックスバリュがあると聞いたので、そこに行って休憩しました。
明るくなるまでネットカフェで仮眠して休むつもりができなかったのは不本意ですが、大きな猫との接触は不幸中の幸いですね。
スーパーのイートインではとても仮眠などできないので、1時間程度一休みしてから散策開始し、自由通路を渡って駅の西口に行きました。
古くからの市街地が広がっているのは西口のほうなので、こちらは見所も多いです。
米沢駅は奥羽本線(山形新幹線)のほかに新潟県の日本海側の坂町に抜ける米坂線も乗り入れていて、電化はされていないけどかつてはここを経由して新潟〜仙台の急行列車も存在したので、福島を経由して東京方面へと通じる奥羽本線と交差するポイントとして賑わったと思われますが、今は1〜2両の列車のみのローカル線です。
そして、奥羽本線は山形新幹線に改良されたことでほぼ1時間おきに新幹線が乗り入れ、米沢から山形行きの普通列車も1時間おきにありますが、福島行きの普通列車は極めて少なく1日たったの6本だけです。
フォト

駅前には、「ホテルおとわ本館」(旧・音羽屋旅館)という昭和初期築の和洋折衷の古いホテルがありました。
そして、駅前通りを進んで最上川の住之江橋を渡ると、桜が満開でした。この辺りは積雪地だけに桜の開花は遅めで、今頃満開を迎えるようです。
土手を歩いていたら小さな稲荷神社があり、そのそばで店の飼い猫でしたが第一猫発見。
その後は大正寺を見てから武者道を歩きました。
米沢城三の丸お堀跡に沿った道で、元々は堀の管理道路だったそうですが、城内への近道として武士に限り通行が許される道になったとのことです。
ここには西條天満公園があり、つい最近まで西條天満神社だったとのことですが、他に合祀されて神社としては役割を終えているとのことです。
特に2011年夏頃には、石灯篭が倒れたり立ち入り禁止になるなど荒廃していたらしいですが、一体何が起きていたのでしょうか?
フォト

その後は古風な写真館を撮ってから、上杉神社、松が岬公園に入りました。
上杉神社は米沢藩を治めた上杉家の歴代藩主の祖先である上杉謙信を祀る神社ですが、上杉家が米沢にやって来たのは謙信没後ということもあるのか、銅像や記念碑の類は江戸時代中期の9代目藩主だった上杉鷹山のほうが目立ちました。
上杉鷹山といえば破綻した米沢藩の経済や財政を徹底的な改革で再建した人物として知られ、現在でもしばしば経済や財政を立て直した人物として政治家などが名前を挙げることが多いですが地元での評価はさらに高いようです。
また、鷹山の活躍を明治時代に内村鑑三が英訳した本で海外にも発信したことでその名は海外にも伝わり、アメリカ大統領を務めたジョン・F・ケネディが尊敬する日本人として名前を挙げたこともあったそうです。
ケネディの発言は誤りや都市伝説だろうと言う人も多いようですが、元大統領の長女のキャロライン氏が駐日大使時代に米沢を訪れた際に公にこのことに触れているだけに、あながち間違いではなさそうな気がしますし、その記念碑もありました。
公園内には博物館などの展示施設も複数ありますが、7時前では開いている施設は皆無なので周囲の桜を撮影。
早い時間でしたが、満開ということもあって撮影に来ている人は多かったです。
また、上杉神社の外に蔵がいくつかあり、一つ開けているところがあったので近付いてみたところ、中を清掃していた係員に「何もない」と言われながらも中を少しだけ見せてもらうことができました。
イベント時など限定で展示スペースとして開放する蔵だそうで、確かに何もなかったですが、逆に何もない状態の蔵を見たのは貴重な体験でした。
そして隣接する上杉記念館(旧上杉伯爵邸)は、レストランとして使われているようですが、入口に掲げられたメニューを見たら10000円超のコースだらけで安いコースでも相応に高く、単品のデザートなども安くて800円台で、とても入れなそうな高級店でした。橋本愛or筧美和子or丘みどりみたいな大きな猫同伴であれば考えるかもしれませんが。
上杉神社、松が岬公園を見終えた後は、上杉神社の北側の旧・元籠町と呼ばれた場所を散策。ここでも猫がいたほか、相馬写真館という古い写真感があり、右から字が書かれ電話番号が3桁しか記載されていない(市外局番がなく手動交換機時代のもの)古い表札もありました。
次いで、近藤勇の首が埋葬されていると言われている高国寺に立ち寄りました。近藤勇の首は公式には行方不明とされているも、ここにあると主張する寺や墓地は各地に存在し、ここもその一つです。
駅前方面に戻る道中もところどころに味のある古い建物があって楽しめました。
そして、駅近くの埋蔵文化財資料室に行ったのですが、廃止されたのか看板などもないし資材の山になっているしで開館している様子がなく、あえなく断念。
フォト

10時半を過ぎましたが少し早いけど昼食にし、ヨークベニマル向かいにある「米沢ラーメン」の幟が出ていたうさみ食堂というラーメン店に入りました。
メニューはいたってシンプルで、その中から米沢ラーメンの基本形である中華そばにしました。
老店主が運んできた中華そばは見た目も味もごくオーソドックスな醤油ラーメンでした。麺は米沢ラーメンの縮れ細麺を使っており、シンプルかつオーソドックスながらも米沢ラーメンらしさの感じられるラーメンでした。
食後は向かいにあるヨークベニマルでおやつ、飲み物を購入。
ヨークベニマルはセブンアンドアイですが、福島県及び隣接する県にしか存在しないローカルスーパーで、ヨークマートの看板に似ているけど、赤と緑が反転しています。
そして12:15発の小野川温泉行きバスに乗車。
市街地を抜けて西米沢駅付近で米坂線の踏切を越えると徐々に田畑や山林が広がってきて、それを抜けたところの集落のような場所が小野川温泉になり、30分弱で到着しました。
今回泊まった宿は扇屋旅館という明治時代築の母屋が特徴的な老舗旅館です。チェックインはまだまだでしたが、荷物だけは預かってもらえたので、荷物を置いてから散策。
入口には黒電話が置いてあるほか、フロントに誰もいないときはこれを叩いてくださいとのことで太鼓が置いてあるのが面白いです。
最初にバス停前の足湯に漬かってみました。米沢駅方面行のバス停の横に足湯があり、足湯に漬かりながらバスを待つことができるのはもしかしたらここだけかもしれません。到着時に整形前のスザンヌみたいな人が本当にそうやって逆方向のバスを待っていました。
また、温泉街の中には温泉卵(ここではラジウム玉子と呼ばれています)を作るための舛が数ヶ所にあって、基本的に土産店や旅館の人が温泉卵を作っているのですが、一部は一般客にも開放されていて、自分で卵を買って作ってもいいとのことです。
フォト

そして、ここが猫温泉として紹介されていたのが今回訪れたきっかけですが、期待を裏切ることなく猫が沢山いて、特に共同浴場前にいた猫は2匹で突進するように寄ってきました。猫出没スポットと呼ばれる観光地の中には期待していたほど現れない場所もありますが、ここは大当たりと呼べる場所でした。
その後はその共同浴場のそばにある佐藤豆腐屋という店で豆乳ソフトクリームを食べました。自家製で濃厚でなかなか美味しかったです。この店の人は阪神タイガースファンらしく、店内が阪神グッズで溢れかえっていたり、寄せ書きを行なうノートが置いてありました。ちなみに明治元年(1868年)創業とのことです。
この店の裏には豆腐地蔵という地蔵があり、豆腐をお供えすると子供の夜泣きが止むとか安産祈願の地蔵とのことですが、この豆腐店の人が建立したものなのか、それ以前からあるのかは不明です。
次いで薬師瑠璃光如来尊と金乗院を見ましたが、ここにも猫が降臨。
その後は川沿いにある上杉鷹山公塩田跡に行ってみましたが、表通りの賑わいに反して裏道に入ると、やはり山奥ということでここも他の例に漏れず過疎化が進行しているのか廃墟が多く、中には壁がなくなってぼっとん便所がむき出しになっている家なんかもありましたし、観光案内でレンタサイクル有と書かれていた自転車店もかなり前に廃業してしまったようで空き家になっていました。
また、川沿いの公園の東屋に「ラーメン出前ポイント」と書かれた看板を発見。ここまで出前してくれるということでしょうか。花見などのイベント時に限り公園などの花見をしている場所にピザやラーメンなど各種出前をしてくれる店はありますが、常設でこういうのがあるのは珍しいのではないでしょうか。
温泉街を散策し終えて宿の前に戻ると、御神輿の準備が行われていました。ちょうどこの日が山神神社の祭りとのことで、狙った訳でもないのにいいタイミングで祭りを見ることができたのは、思いがけない幸運でした。
眺めていたら、旅館の人からビールでも1杯どうだと言われてしまい、祭りで振る舞われていたビールを御馳走になってしまい、飲みながら神輿渡御を眺めました。
ここの御神輿は担ぎ手の棒が2本だけの二天棒でした。同様の御神輿は南千住の素盞雄神社のものを見たことがあり左右に激しく揺する神輿振りが特徴ですが、ここでも同様に神輿振りが見られました。
最後はお土産店で玉こんにゃくを買って食べながら神輿渡御を見て、終わってからチェックインしました。
旅館内はいくつかの建物を繋げて奥行きが非常に長くなっていて、その奥の方の部屋でした。途中の廊下もレトロ感溢れる雰囲気がいいです。
トイレなしですが広い部屋で、池のある庭に面した広縁もあるし、値段以上に立派な部屋でした。
洗面所は古風なシンクと大理石模様が何だか旧型客車の洗面所を思わせる雰囲気で、なかなか渋い感じがよかったです。
但し、古い旅館だけに木枠の窓の閉まりが悪かったりと古さ相応の不具合も散見されました。極めつけは、寝ようと思ったときに床の間に会った掛け軸が突然必要以上に大きい音を立てて降ってきて、掛け軸本体がちぎれたとかそういうのではなく、壁のフックが身からちぎれてしまったことによるものでした。掛け軸というと怪談の定番アイテムなだけに、こういうことが起きると余計に怖さが増します。古い建物をリノベーションしている訳ではなくほぼそのまま使っているから仕方ない面もあるのですが、老朽化など不具合が多過ぎるのはできるだけ改善してほしいですね。
フォト

そして今回は、周辺に飲食店が少ないこともあるので若干高くなるけど食事付きにしましたが、和牛すき焼き、鯉の刺身などなかなか充実していたし、山形県の置賜地方の特産品であるおかひじきの辛子和え、ここで作った温泉卵もありました。
数千円プラスで上ランクの米沢牛コースもありましたが、できるだけ出費は抑えたいので普通のコースにしました。
食後は温泉に入り、朝早くから歩いて疲れたので夜は早めに寝ました。
2日目の朝は、疲れたこともあって朝風呂に入るなどしてゆっくり過ごしてから朝食にしました。
朝食は夕食に比べたらシンプルですが、炊き込みご飯、焼き鮭、温泉卵、冷奴など充実していて、普段ろくな朝食を食べていない者には十分すぎる内容でした。
チェックアウトぎりぎりまで休んでから出発し歩いて温泉街を後にしたところ、前日も共同浴場前にいた2匹の猫が寄ってきました。まるで猫がわざわざ見送りに来てくれたみたいな気分になれますし、最後まで猫温泉を満喫させていただきました。
温泉街を出た後は、川を挟んで対岸にある甲子大黒天本山に立ち寄りました。
山道を上がっていく途中には湯殿山など色々な石碑が並んでいて、風化具合から相当古いものと思われますが、きちんと整備されているようでした。
その周囲にはカタクリと思われる紫色の花も点在していました。
温泉街からもよく見えた大きい本堂からは対岸が一望でき、本堂の横には雪がまだ若干残っていました。
甲子大黒天本山を見終えた後は三沢コミュニティセンター内の「よねざわ昆虫館」に寄ってみました。
コミュニティセンターの片隅に設けられた無料の展示施設で、2室ありますが片方は4月27日から公開とのことで1室だけしか見られませんでした。小さい展示室ですが、周辺の昆虫の分布などに関する詳細な展示もあるなど、そこそこ見応えはありました。
フォト

その後はこの近くにある亀栄山明寿院に立ち寄りました。
ここは明海上人という幕末期の僧侶の即身仏が安置されている仏堂で、開放はされているけどあくまで個人宅ということからか、観光案内などにも一切記載がなく、地元の人でも知らない人がいるような場所です。山形県といえば即身仏の多い場所ですが、ここは全国唯一の個人宅に安置されている即身仏だそうです。
当初は行く予定ではなかったのですが、行く直前にたまたまその存在を知り、せっかく来たのだから見に行くことにしました。
入口には木の立て札があるだけで、Googleストリートビュー(2012年10月撮影)では「即身仏明海上人」と書かれているのが何とか読めたのですが、今は字がだいぶ薄くなってしまい分からなくなっています。
入口横に長いこと誰も手を付けていないと思われる荒廃しかけた小さな神社があり、その隣に仏堂がありました。
仏堂は昨年補修されたそうで、建物が傾いていたりと隣の神社同様に状態は決して良くないのですが、新しい幟が立てられたりと整備されていました。中は真っ暗ですが、仏堂の窓越しに即身仏が安置されているのを確認できました。
そして今回は無人でしたが、毎年4月5日に供養祭が行われたり、毎月5日には仏堂の内部も開放されるそうです。
その後は、仏堂を出て川を渡ってすぐのところにある蔵とツリーハウスが目立つカフェ「鷹山堂」に寄りました。行きのバスの車窓からツリーハウスが見え、何だこれと思ったので立ち寄ってみることにしました。
ツリーハウスはメルヘンの世界にしか存在しないものかと思っている人は多いかと思いますが、それなりの技術さえあれば作れてしまうものなのですよね。
まだ未完成とのことで入れませんが、完成した際にはここも客席として開放するのでしょうか。
ここではワッフルサンドのセットを注文。
ベーコンチーズエッグのワッフルサンドとポタージュスープ、コーヒーのセットで、甘いワッフルにしょっぱいものをサンドするだけに、賛否両論あるマックグリドルのように受け入れ難い人というも多いかもしれませんが、メープルシロップまみれのマックグリドルに比べたら甘さ控えめなので、そんなに酷いものではないと思います。意外と美味しかったです。
コーヒーは外の蔵を改装した焙煎小屋で煎った豆を使っているとのことで、自家焙煎の煎りたてで香り深い味がよかったです。
ここで食べていたら老人が車で来店し、「小中沢の即身仏」への道を尋ねてきましたが、すぐそばにも関わらずその存在を知らない店員がいました。
昼食を食べ終えた後は市街地方面に歩きながら移動し、途中に広い児童公園と小さな寺があり、パッと見何もなさそうに見えてスルーしそうになったのですが、せっかく通ったのにスルーするのは何だか勿体無い気がして立ち寄りました。
ここは赤芝観音(龍性院)で、置賜札所第二十五番と書かれていました。本堂と小さな観音堂があり、観音堂をふと見上げると古銭で作った五重塔の貼り絵や、「昭和九年一月吉祥日」と日付が入り謎の記号のようなものにお経の読み仮名が振られた謎の額が掲げられていました。お経の読みが書かれた記号の羅列は暗号めいているのですが、一体何でしょうか?
さらにその奥には郷社羽黒神社があり、最近人が来た形跡が感じられないのですが、鳥居の前にあるのが本殿かと思ったら門で、本殿がさらに奥にあるという立派な神社でした。奉納されたものなのか、門に多数の草履がぶら下げてあるのも不思議でした。
その後は虚空蔵菩薩がある舘山寺に立ち寄りましたが、この辺りから徐々に住宅が広がり始め、しばらくしたら米坂線の踏切が見えてきて、渡った先にある大きい交差点を越えて左に入ると米沢藩主上杉家墓所が見えてきました。
フォト

ここには謙信を初代藩主として歴代藩主の墓がありますが、実際には謙信の没後、ここでは2代目とされている景勝の代に米沢藩にやって来ました。
中央にあるのが謙信の墓で、その両側に歴代藩主の墓が並びますが、第9代藩主(墓所では10代目とされている)の治憲(鷹山)の墓だけ造花ではありますが花が飾られ、歴代藩主の中でも別格であるのがよく分かりました。
墓所の入口前には法音寺と染織工房わくわく館があり、多分予約制かと思いますが紅花染の体験ができるようですね。
そしてここには、鷹山が植えることを推奨したウコギの垣根もあります。
その後は、かつて上杉謙信の祈願所であり、上杉家の移封に伴い米沢に移ってきた善日山千勝院に立ち寄ってから堀立川を渡りました。
この辺りには旧町名の碑があり、「代官町」「本五十騎町」と書かれた碑がありました。「本五十騎町」というのは上杉家家臣団の上位の五十騎組に由来するものだそうで、通りの両側に家がある場所を「本五十騎町」、片側にしか家がない場所は「片五十騎町」という名称だったそうです。
そして前日の朝に行った上杉神社、松が岬公園まで来ました。
日中ということもあり賑わっていて、早朝には開いていなかった店も開いていたので店も色々と見て、ここでウコギソフトクリームを食べました。苦味や渋味のある山菜ということで恐る恐る食べてみたのですが、思っていたよりは普通でした。
その後は駅まで歩いてもよかったのですが、さすがに疲れたのとちょうどバスが来たので、バスに乗って米沢駅まで向かいました。
フォト

当初は15:40発の山形新幹線に乗るつもりでいたのですが、見たいところは全て見終えてしまったし、かなり歩いて疲れたので結局1本前の新幹線に乗ることにしました。
交通費を少しでもケチりたかったのと、平日だしゴールデンウィーク前で遠出している人も少ないだろうし自由席でも余裕で座れるだろうと軽く考えて指定券を買わなかったのですが、これがとんでもない誤算でした。
進行方向後ろ寄りの2両だけ自由席なのですが、前方の指定席にほとんど空席が見られず嫌な予感がし、自由席車に乗りこんだら案の定既に座席が埋まっていて座れませんでした。
乗ってから調べたところ山形新幹線は普段から結構混むそうで、新庄発だと山形で既に満席、山形発でも米沢で座れるか分からないくらいの混雑は当たり前らしいです。平日でも観光客らしき乗客は多いし、平日なのでビジネス客風の人も多いので平日だから空いているだろうというのは大間違いでした。
仕方なく福島までは30分以上立ったまま移動しましたが、山形新幹線(奥羽本線)の米沢から福島の間は板谷峠と呼ばれる交通の難所でカーブも多く揺れも大きいので、この区間を立ったままの移動は正直辛かったです。
そして、福島で東北新幹線と連結した際に前方の東北新幹線の車両の自由席に乗り換えたところ余裕で座れ、東北新幹線の車両のほうが座席数はずっと多いですが、乗り換えたところ後ろの車両の混雑が嘘のようにガラガラなのでびっくりしました。
もしかしたらこのままガラガラのままなのだろうかと思ったのですが、決してそういう訳ではないようで、次の郡山でかなり乗ってきて、その次の停車駅の宇都宮からは空席僅かになっていました。
郡山では前の席に西野カナ系な人が来たので「汗」でしたが、宇都宮では隣にフランスに行った怖いお姉さんもとい指原莉乃みたいな人が来てしまい、思わず隣と前をチェンジ(以下略)
行きは一晩かけての移動でしたが、帰りは福島を出てから1時間強で大宮に到着。明るいうちに帰ってきてしまったので、もう少し現地を満喫してから帰ってもよかった気もしましたが、さすがに疲れたので次の日からの仕事に備えて帰ってゆっくり休みました。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
1日目(1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/41280035.html
1日目(2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/41280046.html
2日目(1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/41280055.html
2日目(2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/41280059.html
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年04月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

過去の日記

2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月