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2019年04月11日22:09

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頭おかしい…

他人をあまり、表立って言葉を尽くして責め咎めない理由は、(自分自身も十分に頭がおかしい)と自覚しているせいだ。

本来なら、暇潰しにでも、「安倍さんは国民を蔑ろにしていて酷い」だの、「こんな無駄な海外視察費を毎年区民の税金から浪費しているのは都内23区内で大田区だけだ」だの、そんな言葉を飽きずにお題目のようにして唱え続けていられたなら良かった。

しかし、私は自分が『共感できる言葉』を探して生きている。

与党の総理を咎める言葉にも、視察費を咎める言葉にも、私に共感はない。何もない。



小学生だったある晩、夕食に食べた鯵の開きにあたった。

通っていた中学校の体育の時間に、自分の身体の異変に気付いた。真冬だった。

雪の降る夜、母から締め出されて、凍えて帰った時にも、同じ異変が起きた。

赤ん坊を抱いて、自宅を出て、外気を吸い込む、やはり同じ異変が起きた。

繰り返し、繰り返し、身体に異変が起きた。

それから何年も、異変を『当たり前』にして過ごした、何年も、何年も、何年も『身体に異変が起きる自体』を当たり前の事として生きていた。

誰も気に留めず、誰も気付かず、その事態の進行を『当たり前』の事として生きていた。

そしてある日、私は子供を抱いたまま、死にかけた。

しかし、私が死にかけた事態さえ、事態に立ち会ってしまった者を除けば誰も重くは受け止めず、気にも掛けず、誰もが(大したことではない)と理解していたし、私自身もその時にはまだ十分に事態を理解してはいなかった。






人間関係の殆ど全てと一定の距離を置き、長い年月にわたり誰も気に留めなかった時間に向き合い起きた事実に直面し、それで初めて、私は理解した。

何度も、何年も、振り返り顧みて、私の壊れている部分に理解が至った。

悪意はいつも、善意の仮面を被って私の前に現れる。

悪意はいつも、自らが悪意であるとさえ知ってはいない。

私の住むマンションの別の世帯には、悪意の持ち主が出入りしていて私はそいつを見知ってはいるが、カルト団体の言葉に従う馬鹿な木偶の坊なので私はカルトのそいつを突き放して遥かに遠くから眺める様にして、カルトの木偶の坊を観察している。

カルトはその存在の特性として、その存在の特徴として、決して『独り』にはなれないのだ。

カルトはいつも私を詰り、カルトはいつも私を排除しようと試み、カルトは心理的な外圧をかけて私を変えようと努力する。

しかし、そのカルトの企みは、いつも私の身体に起きる異変により潰えるのだ。

治せないカルト、治らないカルト、神ではなく仏でもないカルト、神や仏に成り済まし他人をたぶらかす詐欺師集団であるカルト。








最近では良く出来たフィクションで、なかなか良く描けている、心理描写も巧みな漫画作品だ

『私は苦しくて壊した 私があらかじめ壊されていたから』

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