私の両親は既に二人ともに年金収入があるので、生活保護は受けられない。
生活保護に転落出来るだけ、実はまだ幸せなのだ。
生活保護を受給出来ずに、年金生活者たちは医療費を削り食費を削り被服費を削り、生活に必要な支出を抑えに押さえて暮らし、それでもまだ他人に対する憎しみを手放さないでいる
「働いていないから生活保護受給者は自由に暮らせないんだ、落ちぶれは生活保護受給者の自業自得だ」
そう言っては生活保護受給者への妬みを積らせる。
しかし、生活保護法に縛られていなくとも、年金生活者たちは年齢相応の数々の病に足を縛られ手を縛られ生きながら首を締め上げられている。
年金生活者たちは最早高齢で身体が不自由である、それ故の生活保護受給者達への憎悪の念なのだ
(俺はこんなに長年苦労して努力して頑張って働いてきた、なのに生活保護受給者は働きもしないで俺より良い暮らしをしてやがる!)
それが年金生活者達の本音だ。
しかし、生活保護受給者達はこう考えている、
(あの上司のせいで働けなくなった、あの局のせいで働けなくなった、あの同僚がボーナス査定欲しさにチクったんだ、あの事故さえなければ、癌になったから、親の介護で仕事を辞めたから!)
そして今、働いている労働者たちは内心に抱えている
(ああは成りたくない!、あんな醜い年金生活者になるのは嫌だ、あんな汚いネジくれた年寄りには成りたくない!!、生活保護受給者になるのも嫌だ!、あんな働きもしないで現金を手にする犯罪者みたいな連中のように落ちぶれたくない!!)
しかし、その思いを言葉にすれば、逆に激しい社会的非難にさらされるのは労働者たちであり労働者を雇う企業の側である。
そうして労働者達は弁えておかねばならない、
(労働者は働けるだけまだ健康なのだ、年金生活者に比較しても生活保護受給者に比較しても労働者はその健康が理由で社会的には遥かに強者であるのだ)
とした救いがたい事実を。
私は思う、
「今、人間がこうして生きているって言うのはね、何かのバチが当たっているか、何かの罪業の結果なんだよ、誰も幸せそうにしてないのがその証だよ」
と、今ではかなり本気でその様に思っている。
因みに、日本共産党大田区議会議員の黒沼良光は、立派に議員を勤め上げ、今回の区議会議員選挙に落選しても100%の確実さで『議員年金を受給』することが可能だ。
実は、日本共産党支持者の私は、長年支持してきた黒沼良光区議会議員に政治責任を追及するのが筋だと考える。
公明党支持者は公明党議員に、自民党支持者は自民党議員に、政治責任を追及するのが筋だと考える。
大田区議会の第1党は自民党、第2党は公明党、第3党は日本共産党だ。
労働者は明日の我が身の転落を恐れている、年金生活者は生活保護受給者を憎んでいる、生活保護受給者は世の中を恨んでいる
「こんな日本に誰がした?」
「有権者が票を投じた、自己責任だ」
私の家に来てみたって他人にくれてやる現金なんぞ、ビター無いぞ(笑)。
■年収800万円から生活保護に転落…「娘の結婚式までは死ねない」
(日刊SPA! - 04月05日 16:22)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=81&from=diary&id=5569159
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