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2019年04月04日13:38

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【創作】竜喰いのリド  episode2:竜殺しの英雄【その27】

【創作まとめ】 
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【前回】
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 リューネが去っていった扉をブックマンは静かに見つめていた。扉越しに聴こえる車椅子を操作する音が消えるまで、じっと耳をそば立てて。
 彼女の気配が完全に消えたことを確認すると、ブックマンはゆっくりと息を吐く。
「リューネ君、嘘をついてたね」
「はい」
 その言葉にアルトリアも頷き返した。
 ブックマンは人の感情を色で見ることが出来る能力、ジャッジメント・アイを持っている。
 そのジャッジメント・アイで見たリューネの感情は、何か隠し事をしている色だった。
 特に嘘のオーラが強かったのは、竜殺しの英雄と呼んだ時とゼアルの似顔絵を見た時。
「アルトリア君から見てどうだった?」
「そうですね、竜殺しについて何か思うところがありそうでしたね。あと、ゼアルの似顔絵を見た時の反応も気になりました」
「やはりキミも気づいていたか」
「特に似顔絵を見た時の張りつめた表情、ゼアルの情報を何か知っているのではないでしょうか」
 マギアルクストに来てからの関係であるものの、アルトリアの観察眼はブックマンは自分の視点に似ていると感じていた。
 元レマルギア王国月光騎士団第四位にして特級冒険者でもある彼女は、戦闘に於いて常人を遥かに凌駕する実力を持っている。その延長線か、相手の僅かな挙動から様々な情報を得て、その後の行動を予測することが出来る。
 ただ、戦闘ではとんでもない精度の未来予測を発揮するものの、平常時における人の機微には少々疎いところがあった。
 視点としてはブックマンに近いものを見ているが、そこからの予測は全く違う場合が多い。
「何か…………とは何だと思う?」
 質問に対して少し考え込んでから、ブックマンの顔を盗み見るような素振りで、覗きこみながら答えた。その様子から、あまり自信は無いと見てとれる。
「二人は親しい関係…………とかでしょうか」
「恋人ってことかい?」
「いえ、それはあり得ません」
 何故かそこだけはきっぱりと自信に満ちた目で言い切った。女子にしか解らない、恋バナ的情報でもあるのだろうか。
「おそらく…………前職の知り合いとか?」
「前職と言うと、リューネ君はリステア公国の鳳凰騎士団だったよね。つまりゼアルはリステアの諜報員だってこと?」
「あるいはそこに近い位置に居たのかもしれません」
 騎士団と言えば聞こえが良いが、簡単に言えば軍隊である。
 普通に考えれば、たとえ国の軍隊とはいえ、王や貴族の好き勝手に動かせるものではない。相応の調査をして、その結果を議会で吟味した後に、正式に軍の出撃命令を下す。
 マギアルクストに於いても、大半の国は軍を動かすことに慎重になる。
 そういった意味では諜報員の存在は重要で、元騎士団のリューネと親しかったとしてもおかしくはない。
「でも他の国ならともかく、リステア公国だよ?」
「まあ、そこも気になる部分ではありますが」
 リステア公国はアレストリア大陸でも、唯一の貴族絶対主義を貫いている国である。
 最上位貴族であるアルダート・バイル公爵を頂点に、各貴族が独立して領地を治めていた。
 国を絶対的に支配する普遍の地位、王族が存在しない。
 最上位貴族である公爵という地位も、国益を損うなどの失策が続けば簡単に入れ替わる。
 足の引っ張り合いで権力者が入れ替わるという意味では、各貴族の情報戦は他国よりも激しいと言える。当然、優秀な諜報員も多いと思われる。
 しかし問題なのは、貴族の命綱を握っている諜報員が、他国の領土で駆け出し冒険者、あるいは転生者の命をつけ狙うだろうか、ということである。
 貴族の差し金だとしても目的が不明すぎる。レマルギア王国と戦争中の身で、そんな事に気を回している余裕はないと思われる。
 かといって、諜報員がリューネのように冒険者や情報屋に転身して活動している可能性も低いだろう。何故なら貴族の機密情報を知っている以上、離反が判明すれば命を奪われるからだ。
「ではリューネさんとゼアルが共謀していた可能性はどうでしょうか?」
「それも無いと思うよ。僕の見た限り、リンゼとカリファが殺された事を知った時の憤りは、本物だった」
 それはジャッジメント・アイで確認済みなのだから。
「僕の見立てでは、おそらく竜討伐に行った先で…………オロビア砦、あるいは村で何かあったんだと思う」
「それでしたらカザリアとの距離があり過ぎます。リューネさんも言われてましたが、カザリアで起きた事件にオロビアに居たリューネさんが関与すくことなんて出来ないのでは?」
「僕達がゼアルの足取りを見失ったのは、十日前の事件直後からだ。そこからオロビアに向かったとしても三日ほどかかる。いや、人数が少ないから二日で行けるかもしれない。そうなると、リューネ君達に追いつけるんだよ。一日遅れくらいでね」
「リューネさんがオロビアに滞在していたのは五日間…………何かが起きるには充分な時間ですね」
「そういうこと」
 途切れたと思われた糸が、思わぬ形で繋がった。
 リンゼとカリファ、そしてスズキ・ケンタを殺害した者に罪を償わせるには、絶対に手放してはいけない糸である。
「では私が至急調査に行ってまいります」
「それには及ばないよ」
 調査は時間との勝負になる。無駄に時間をかけると、またしても証拠を揉み消され足取りを追えなくなるかもしれない。
 アルトリアは追跡を引き止めるブックマンに怪訝な視線を向けてきた。
「社長秘書であるキミが動くと、どうしても目立ってしまう。リューネ君とゼアルの間に何かあった場合、警戒される恐れがある」
「ですが、竜討伐に向かった社員以外で調査に向かえる者が他にいません。このまま見過ごすおつもりですか?」
 オロビアでの出来事を調査する以上、今回の討伐に参加した者を派遣することは出来ない。リューネ同様にゼアルと繋がっている可能性があるからだ。
「まさか」
 ブックマンは肩を竦めて言葉を続けた。
「キミよりも適任な人材が居るじゃないか。調査に向かっても疑われる事の無い、ギルド関係者で、僕達と情報を共有し、僕に近い考え方を持っている新入社員が」
「…………ルキナ……さん、ですか」
「ギルドとグローリーファイブとの交渉は既に終わっている。別に会社に有利な調査報告を頼むわけじゃないんだから、堂々とお願いすればいい」
 窓から入った日射しがブックマンの眼鏡をキラリと光らせる。
 ゼアルの足取りを見失ってからの七日間、ブックマンもただ時が過ぎるのを待っていたわけではなかった。
 グローリーファイブへの寄付とルキナの研究費の援助、そして彼女の臨時嘱託社員としての雇用契約について、グローリーファイブ理事長と会談を通じて承諾を得ていた。
 当然それらも含めて、現場検証員を続けられるように、ミスバリエ冒険者ギルドのギルドマスターからも承諾を得ていた。
「もし、リューネ君や他の社員がゼアルに苦しめられているなら、問題を解決して苦しみから解放してあげたい。だから僕達以外には知られてはいけない。ならば社員と接触の少ない臨時嘱託社員の方が都合がいいと思わないかい?」
「解りました。では、すぐに依頼出来るようにギルド及びグローリーファイブの幹部との会談を至急設けます」
「頼むよ」
「了解しました」
 ブックマンの命令を受けて、社長秘書である剣聖が一瞬で姿を消す。おそらく時間短縮も兼ねて瞬歩で移動したのだろう。
「ゼアル、どんな手段を使ってでも、必ず尻尾を掴んで引き摺り出してやるよ」
 ブックマンの決意と執念の籠った声が、一人になった社長室に響いた。


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「くそっ!」
 リューネから押し殺した苦悶が漏れる。
「くそっ! くそくそくそくそくそっ!」
 治療中の身体ゆえ、物に当たれずに毒づくことしか出来ない自分にも腹立たしかった。
 ブックマンへの報告を終え病院に戻ったリューネは、誰も居ないことを確認して中庭でもやもやした気持ちを吐き出したいた。
「随分と荒れてるわね。社長にこっぴどく怒られたの?」
 突然の声にびくりと体を震わせ恐る恐る振り向くと、そこには桃色髪を両結びにカールさせたレヴェネラが立っていた。
 彼女もまた右手には包帯が巻かれた状態で首から吊るされ、左足はギプスに包まれた状態で、左手の松葉杖を使って器用に支えていた。
「今の私の後ろに立つとタダじゃ済まないわよ」
「車椅子で凄まれてもね」
「両手両足使えないちびっ子くらいには勝てるわよ」
「ドワーフをちびっ子言うな」
「あっ、こら……松葉杖で足をつつくな」
 竜討伐組の社員は、全員入院中である。
 傷の程度はそれぞれだが、特に最後まで竜と戦い、そして倒したことになっているリューネとレヴェネラの二人は重症である。
 松葉杖でリューネを一通りからかい終えると、レヴェネラはゆっくりとベンチに移動して腰をおろした。
「で、どしたん?」
 落ち着いた表情で荒れていた理由を聴いてきた。
 リューネば辺りを見渡し、他の誰も中庭に居ないことを確認すると、車椅子をベンチに寄せてぽつぽつと語り出した。
「社長に嘘の報告をしないといけなかったのよ。少しくらい荒れるわよ」
「竜殺しの英雄か…………なる予定で討伐に参加したんだから、あんまり重く考えなくてもいいんじゃない?」
 レヴェネラの言う通り、オロビア砦には竜討伐を目的として向かい、冒険会社のメンバーで倒す予定だった。
 結果だけ見れば犠牲者と負傷者が出たものの、概ね予定通りの運びではある。
 犠牲者や負傷に関しても残念な気持ちはあるものの、冒険者をやっている以上、どんな依頼にも危険はつきものである。自己責任で冒険者職をしているからには、命を懸ける覚悟は常に必要なのだ。
「私はあなたほど楽観視出来ないわ。実際には竜に手も足も出なかったんだもの」
「だからといって、今ここでとやかく言ってもどうにもならないじゃない。竜殺しもカノンと共有している以上、こっちだけで勝手に真実を明かすことも出来ないんだから」
 おそらくゼアルの狙いは、リューネ達とカノンが互いに縛り合うことで秘密を厳守することである。義理を重んじるリューネと誠実な性格のカノンには効果覿面だ。
「竜殺しを名乗ってデメリットがあるわけでもないし、会社の宣伝にもなって一石二鳥じゃない」
「はたしてそう言い切れるのかしら」
「どういうこと?」
 あくまでも楽観的なレヴェネラに、リューネは少しずつ胸の内を吐き出していった。
「私達がカザリアを留守にしている間に、リンゼとカリファが依頼実行中に何者かに殺されたらしいわ」
「残念な話ではあるけど、単に実力が足りなかっただけじゃないの?」
 普段は情に厚いレヴェネラだが、二人の死についてはドライな感想を述べた。
 二人とあまり面識が無かったということもあるのだろうが、ドワーフ族はあまり死を不幸と考えない種族なのだ。
 死んだ命は大地に還り土地を豊かにしてくれる。大地の恵みの礎となり一族を発展に導き、やがて新しい命に生まれ変わる。死んでも一族の絆が切れるわけではなく、命が循環していくという考えなのだ。
 その辺に関しては、リューネも人間とドワーフの文化と思想の違いだと割りきっているのでとやかく言うつもりは無い。
「たしかに臨機応変に対応出来なかったのは、実力の問題だと思うわ。でも、これを見ても同じように割りきれるかしら」
 リューネは折り畳まれた一枚の紙を差し出した。
「何これ?」
 レヴェネラは訝む表情を見せつつ、受けとると、紙を広げる。
「アンタが描いたにしては、なかなかよく描けてるじゃない」
「何で私があのムカつく情報屋の似顔絵を描かないといけないのよ」
「報告のため?」
 キョトンと小首を傾げさせる表情がリューネを苛立たせる。
「竜殺しの秘密があるから、そいつの事は報告出来ないでしょ」
「そっか。ていうか、もっと解りやすく説明しなさいよ」
 たしかに似顔絵を渡されただけで全てを察することなど不可能である。
 そう考え直すと、リューネは慎重な面持ちで伝えた。
「リンゼとカリファの殺しを手引きした男らしいわ」
「いやいや、私達が留守にしてた時に起きた事件なんでしょ? こいつ、私達と一緒に居たじゃん」
「一緒に居たのは竜を倒した日の半日だけだけどね」
 そこからリューネは、情報屋達が二人を殺害した後でも、日数的に竜との戦いに間に合うかもしれないという説明をした。
 殺害後すぐに移動すれば、リューネ達より一日遅れで追い付けること。
 人数が少ない分、自分達よりも移動時間を短縮することが可能なこと。
 似顔絵の男の仲間に凄腕の剣士と妖精が
居ること。
 そして情報屋の名前がゼアルだということ。
 一通り話を聴いたレヴェネラは、少し考え込んでから意見を述べた。
「なるほどね。このゼアルって男が私達の知る情報屋と同一人物かどうかは解らないけど、可能性は高そうね」
「どう見ても同一人物でしょ」
「双子の可能性もあるわ」
「ねーよ!」
 単独犯なら双子の可能性もあるかもしれないが、仲間の特徴まで一致すれば疑いようもない。
「どちらにせよ、もし同一人物なら私達は悪党の手の上で踊らされていたことになるわね」
 レヴェネラはそう言って似顔絵の描かれた用紙を指で弾いた。
 それを空中で受け取ったリューネが続ける。
「しかも竜殺しの提案を飲んだことで、悪事の片棒を担がされている可能性もあるわ」
 リンゼとカリファ殺害の手引きをし、リューネ達を助けてくれた情報屋には謎が多い。
 彼らが何故二人を殺したのか、何故二人と同じ冒険会社のリューネ達を助けたのか、目的がはっきりしない。
 気まぐれなのか、計算高い罠なのか。
「もう一度あの情報屋に会って、色々聞き出す必要があるわね」
「事と場合によっては、戦う必要もあるかもね」
 二人の意見が噛み合い、互いに右腕を持ち上げ拳を合わせる。
「まずは傷をきっちり治さないとね」
「あとこの事は、全てがちゃんと解るまで会社には秘密ね」
「てことは、休暇申請も要るわね」
「秘密裏に行動するにしても、信用できる仲間も必要だわ」
「あの剣士とも戦う事になるかもしれない」
「さらなるパワーアップも必要ね」
 鳳凰騎士団からの転身を見ても解る通り、リューネは思い込めば一直線な性格である。
 レヴェネラも封建主義なドワーフの郷を出て、人間社会で冒険者になるくらい行動力のある性格である。
 そんな二人が共通の目的を持った時の行動は早い。てきぱきと今後の行動方針を決めていく。
 謎多き情報屋ゼアル。
 彼の旅の目的も、素性も、何も解らない。
 しかしリューネと冒険会社を翻弄し、混乱に陥れる悪党である可能性が高い。
 その目的を暴けば、殺された仲間の敵を討つ事が出来るかもしれない。
 真実と共に、心に黄金の輝きを取り戻すことが出来るかもしれない。
 遠く離れた場所で、一人罪を背負い続けている友を救うことが出来るかもしれない。
 自分の信念を貫くため、二人は自分達が信じる組織に黙ったまま行動することを決意した。
 その先に何が待ち受けているのかも知らないままに。


episode3へ続く
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