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2019年03月31日03:44

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ペンキ屋 2 段々とおかしくなる・・・

ペンキ屋が奥さんとの仲直りに失敗し入居して数年経ちました。
この頃の家賃は月700ドルくらいだったでしょうか。
彼の部屋は自分用のカーポートとガレージの真上、二階にありました。カーポートの横に自分専用の外階段があり、階段を上がったところに広いバルコニー、左手に玄関ドアがあります。玄関入ってすぐ右にはカウンターキッチン、左がリビング、真正面が廊下。
廊下の先は右が寝室、左が浴室。寝室の中には二つもクローゼットがあり、80平米以上の広さがあったと思います。かなりゆったりとした1LDKで、大人二人と小さな子供一人くらいなら難なく住める大きさです。

カウンターも大きいし、バスルームの中のカウンターも2メートルはありました。バスだけで畳3畳くらい。寝室に入ったら右の壁にブレーカーボックス、左右にクローゼット。

家賃も安いし、1LDKでこの広さなんて余りないし、海に近くて夏は涼しい。
だから家賃滞納なんてないじゃん、と思うでしょ?それが段々と700ドルを一括して払えなくなってきて、足らない分を次の月へ持ち越しなんてことが増えてきました。
勿論家賃を払い残すと金利分というか、遅延料が発生します。それを毎月計算して電話で伝えて払わせる訳です。
こういうのが何度も何度も繰り返され、一年のうちで支払いが追いつくのは1度あるかないか、になってきました。でも毎月何とかして払う姿勢がありました。そしてペンキ屋も必ず家賃は払い、うちも未回収は一切ありませんでした。

そのうち仕事に使っていたバンが壊れ、修理するよりまた安いボロバンを買う方が安いからペンキ屋は2台目を買いました。そうすると停める場所がまた必要になってきます。
そこで例の5mの天井のガレージの隣のカーポートをベティさんというお婆さんから借り始めます。なぜこういうのが判るかというと、カーポートは誰でも行き来できるようにできているのです。
修理されていないバンをベティさんの駐車場に停め、その上にはまたガラクタが乗っかっていきます。修理する気もないので、タイヤとコンクリの間には蜘蛛の巣まで張っていました。そうするとガラクタは一応きちんと屋根の上に乗っかっているのですが、隣に停めた車の上に落ちかねないのでベティさんが怒り出しました。当然です。


ペンキ屋はまだ50代で営業もやるし、毎日働きには行くし、いつも何とか手伝いの相棒をどこかから見つけて雇い働いていました。
ある日私達が現場にいるとペンキ屋が帰宅してきました。
なんと顔のほっぺたから足まで体の右側が大けがしたようで傷になっているし、右腕を骨折したのでしょう、クビから三角巾で腕を体の前で固定してありました。
私達にしたら働けないペンキ屋は家賃滞納に繋がるので、トラブルです。困ります。
夫が、
一体何があったんだ?働けないだろ?どうした?と尋ねると
いや、何とか営業して相棒と手伝いの奴らにやらせて働いてると言います。
じゃ、ケガはどうした?というと
仕事の相棒と賭けをした、という。?????
賭けの内容はこうで、近所の片道3車線ある幹線道路の坂道をインラインスケートでで坂の下でT字型に交わっているこれまた片道4車線の幹線道路(ここは制限速度70キロくらいの道)に誰が先に付くかお金を賭けて競争した、という。

でも競争しただけではケガしないじゃんか?
ペンキ屋は、
「坂道で余りにスピードが出てしまい止まれなくなった。あのまま幹線道路に突っ込んだら死ぬから、右側の芝生の上に体ごとと突っ込んで止まった」と。

私は呆れてモノが言えず、
夫は大笑い。

大体ペンキ屋はいつもサンダルしか履かず、
梯子に乗るのも、何をするのもサンダル履き。
あっそうか、こいつはリスクを想像できないバカなんだ・・・・・・
こういう感じで一年一年が過ぎていき、
月々の延滞料が私達への迷惑料みたいな感じで、夫は我慢して(バカにしながら)
ペンキ屋との付き合いがドンドン長くなっていきました・・・・
そして二度目の入居から約20年以上が経ち、家賃も9万円くらいになっていました。
この辺りから私の夫は肺炎を患ったりしたので、大工仕事も人を雇うようになり仕事のスピードが遅くなっていきました。そういったことからペンキ屋を雇う回数も増え、嫌なヤツですが腐れ縁というのか関係は切れる事なく続いていきました。
そして夫は遂に短い数か月の闘病の後、2010年の春に亡くなるのです。
ここからの試練がとてつもない事になっていくのです。
あのペンキ屋のせいで。

ペンキ屋 3へ続きます。
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