「神様の『カット!』を通して思い起こした」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/3/28(木)【1436】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19787 〈写真入り記事〉
本日、説教番組の収録を新宿福興教会を会場に行ないました。
3本の収録ですが、当初は、朝9時半〜10時半までの予定でした。
ここのところ多忙を極めていて、説教の準備もままならず、午前11時〜12時に変更してもらいました。
結局、聖書通読と祈りと書類整理で時間が過ぎて、説教準備はほとんどできない状態で時間が来てしまいました。
いちおうの説教準備は終わっていますが、3本違う話をしますので、頭の中で整理をし、自分の中でリハを行った方が良いですが、それはできませんでした。
1本目と2本目は、ぶっつけ本番でうまくいきましたが、3本目は少しまとまりませんでした。
そんな時、私の携帯から、「ラ・イ・ン!」と大きな音が流れてきました。
瞬間、ディレクターの人から、「カット!」の指示が出されました。
携帯を見たら、親しくしているおばちゃんからのメールでした。
しかし、残念な半面、少しまとまりが悪かったので、「取り直しができる!感謝!!」と心の中から喜びが湧き上がりました。
どうやら、「ラ・イ・ン!」は、神様からの「カット!」の指示だったようです。
ふと、今までの人生を振り返りました。
神様は、このように、何度も私に、わかるように指示を出してくれたな、と思い起こしました。
危険を知らせて下さったこともあり、間一髪で守られたことがありました。
「そちらに進んではいけないよ!」と知らせてくれたのに、それを無視して痛い思いをしたことがあったことを思い出します。
「人は愚かだな!」と思うことがありますが、誰よりも、私自身が愚かだと思わせられます。
神様が一番嫌われることは、自己義だと思います。
「自分は正しい!」と主張し、他者を見下し、裁くことです。
月光仮面の姿を思い出します。
イエス様は、「自分を高くするものは、低くされる」と教えられました。
正しいのがいけないのではありません。「自分は絶対的に正しい!」という間違った思い込みが問題なのです。
自分の人生を振り返ってみると、「お互い様だな」と思うのではないかと思います。
自分に正しい面があるとしたら、それは神の恵みです。自分の愚かさを知ったとしたら、それが本来の私です。
人の愚かさを見て、その面だけを見て裁くのではなく、その人の良さも含めて見た上で、語る必要があれば語ったらよいのです。
その時の言葉は、優しく、思いやりに満ちたものではないかと思います。
神様の「カット」を通して、自分の過去を思い起こして、「こんな私が赦され、愛されているんだ」と、感謝に溢れました。
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