mixiユーザー(id:2051565)

2019年03月23日20:25

95 view

うちには、天使がいます。 1.救急車が来た

フォト


ゆかさんのお話を読んでいただくのに、どこから書けばいいのでしょう。
やっぱり、うちに救急車が来た日から、お話を始めようと思います。
去年2018年の4月24日、火曜日のことでした。


ゆかさんはやまねこのパートナーです。
(自分のパートナーに「さん」付けで文章を書くのは非常識、
という向きもあるかと思いますが、
この文章の中ではふだんそう呼んでいるように「ゆかさん」と書かせてください)

やまねこが仕事に出かける前には、
いつもマンションの廊下まで見送りにきてくれていて、
その日もいつものように、笑顔で手を振って見送ってくれていました。
7時少し前のことでした。

やまねこは毎日、うちから最寄りの電車の駅まで、川に沿って20分ほど歩きます。
そして電車を降りてから、また別の川沿いを20分ほど歩いて職場まで通っています。
みちみち何枚か携帯で写真を撮っては、
その中から選んだ1枚を添えてツイートを投稿するのが日課です。
川や、路傍の花や、鳥や。
折しもさくらの花の時期も過ぎて、やまざくらの実がふくらみはじめたころでした。

ただ、通勤中は、いつも携帯電話はサイレントモードになっていました。
職場に着くまでそのまま、ということも多かったのです。

なので着信履歴に気づいたのは、もう職場のすぐ近くで、
ツイートを投稿しようとして携帯を出したところでした。
8時近くになっていました。。

着信は15分ほど前、ゆかさんからでした。

ふだん、とくになにもないのに電話がかかってくることはまずなかったので、
なんとなく胸騒ぎがしました。
ゆかさんは2か月ほど前から体調を崩していて、
ほんの一週間前に仕事もやめてうちで静養していたのです。

すぐにコールバックすると、
何回か呼び出し音のあと、ゆかさんの声が聞こえました。
「ねこさん…」
ゆかさんはやまねこのことをそう呼びます。
ただ、声はあまりに力なく弱弱しいものでした。

「動けなくなっちゃった」
「え?どうしたの?いったい何があったの?」
「あのね、メイさんが吐いたの」
メイさんというのは、もう17年やまねこと一緒にいる、寄り目のみけねこです。
「それでね、お掃除しなくちゃって思ったんだけど、
ぜんぜん力がはいらなくて、立ち上がれなくなっちゃってたの」
「え??それで今は?」
「救急車を呼んだの」

混乱していてよくわからない部分もありましたが、
なんだかたいへんなことになった、ということはじゅうぶんわかりました。
救急車をタクシー代わりに使う人も多いと聞きますが、
少なくともゆかさんはそんな人ではありません。
「よく救急車呼んだね。これから病院?」
「…ちょっと代わるね」
電話口に出たのは、救急隊の人でした。
「奥様、全身倦怠で動けないとのことで連絡がありまして、
Z医大付属病院を受診中とのことで、そちらが受け入れ可能とのことでしたので、
これから搬送いたします。
だんな様も来ていただくことはできますか?」

「はい、急いで伺います」電話が切れました。
行かなくちゃ。今日は仕事は休む。職場に電話する?
いや、すぐそこだよ?直接行ったほうが手っ取り早くない?
とりあえずだだだだっと走って職場に飛び込んで、
受付で「妻が救急車で運ばれたので今日休みます!」、
(そんなことをわざわざ出社して直接報告する人も珍しいんじゃないかとは思いましたが)
とにかく職場の滞在時間は30秒くらいです。
そのままこんどは外に飛び出してバス停へ。

まだ行ったことはありませんでしたが、
Z医大付属病院へは職場の近くのバス停から1本で行けることは調べてありました。
が、バス停へ着いてみるとその系統のバスは30分に1本しかなく、
10分ほど前に出てしまったばかりでした。
―どうしよう
その系統のバスでなければ、バス→電車→バスの乗り継ぎになります。
次のバスを待つのとどちらが早いのかはわかりませんでしたが、
とにかく気が急いてしまって、20分ただ待っていることはできそうもなかったので、
乗り継ぎで向かうことにしました。
そちらのバスは5分に1本来て、すぐに乗ることができました。
みちみち「とにかく命にかかわるようなことでありませんように」
ということしか考えられません。
「生きていてくれれば」
「そして意識があってくれれば」
「言葉が交わせれば」

職場の最寄り駅で私鉄に乗り換えて、
バスの速度も、電車の待ち時間も、とにかく遅く遅く感じられましたが、
病院の最寄り駅から再びバスに乗り継いだころには、少し落ち着いてきました。
というか、落ち着かなくてはと思いました。

脳内をすこし整理してみます。
たしかにゆかさんはさいきん体調崩していたけれど、
はっきり言ってしまえば一週間ほど前、卵巣に腫瘍が見つかって、
「悪性の疑いあり」とのことで、5月末に手術も決まっていたけれど、
調子悪いなりにふつうの生活が送れていました。
おとといの日曜日には、いっしょに買物も行ったのに。
動けなくなるほどのなにがあったのでしょう?
今朝のことと腫瘍と関係あるのでしょうか。
なければいいのだけれど。
とにかく腫瘍だけでもじゅうぶんたいへんなのに。

9時半くらいには病院に着きました。
ちょうど入り口のあたりで、救急隊の人から、
「搬送終わりましたので、帰ります」と連絡がありました。
よかった、ゆかさんはとりあえず生きてる、と少し安心して、
受付で家族である旨を話して、救急外来に通されました。


ゆかさんは入口に近いベッドに、
目は開いていて意識もあるようでしたが、とてもうつろな表情で横になっていました。
「手を握っても?」
看護師さんに訊きました。
「大丈夫ですよ」
手を握って「ゆかさん」と呼びかけました。
ゆかさんはかすかにうなずきました。

「とにかく会えれば、生きていてくれれば」ということしか考えていなかったので、
手を握って名前を呼ぶこと、それ以上のことはなにも思いつきませんでした。


長い長い闘いの始まりでした。




こんな事情があって、1年近く更新が途絶えてしまっていました。
ようやく当時のことが書ける状態になって、
心機一転、日記も再開することにしました。
これからゆかさんの闘病記を中心に、
当時からのことを少しずつ書いていこうと思います。
LIVEの情報も折にふれて載せていきますので、楽しみにしててくださいね。
8 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する