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2019年03月18日21:07

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今日は、 昨日悩み、考えたことの答えだけ書いておきます。

 答えは簡単だった 。

でも 答えが出たばかりなので、 きょうは 次へ進むのではなく その答えを書いておくことにした。

疑問は キリストと日蓮についての疑問だった。

キリストについては なぜ あの時代に 大切な内容を語りながら 自ら筆を執らずに弟子たちに筆記させたのか? という疑問です。

そのおかげで 後に、真逆の解釈がまかり通ったり、真逆の教義がうまれたりしたのですからね。

日蓮についても 似た内容の疑問でした。

なぜ、自分が直接書いたものと 本人が書いたように見せかけた形のものとが半々の数ほどあるのか? ということなのですが、

これも直接書いたものの内容の深さから考えると なぜ、 そんな代筆まがいのことを許してしまったのか? あるいは、注意しなかったのか? 勝手に創作させたままにしていたのか?
という疑問です。

そのおかげで、 誰もが 鎌倉龍ノ口の刑場で 江の島の方から真昼のように明るい光が現れて 日蓮の首を切れなかったことを、信じていて それが発迹顕本なのだと思っている?のですからね。

全然、意味考えてないでしょ。と言いたくなります。


もっとも 後の宗教組織は そのような盲目的信仰を基盤としてその権威を作ってきたのですから 仕方ないのでしょうけど。

その2つの疑問なんですけど

昨晩考えた答えは 簡単な結論でした。

お二人とも あまりにも純朴、素朴な、健康すぎる魂(たましい)の方だったからだと思う。というのがたぶん正しい答えです。

それが、当時の時代、当時の宗教伝統のただ中で、その改革をよぎなくされた 純粋であるが故の 激しい闘いの言論だったことが  あの形になってしまったのだと思う。

キリストの方は たぶん、 まわりに、縁のあったすべての人を信頼したのだと思う。

十二人の弟子たちは、学者は一人いても あとは漁夫とかの庶民ばかり、 結局、その学者の弟子が キリストの死後、復活したとして 復活後のキリストの話しを書いているわけです。

そしてそこで語ったキリストの言葉は、 十字架以前^^に語った言葉と 一番肝心のところで真逆になっています。

なんで、 いったいなぜ?  こんな大事な点を 後の学者たちの誰も指摘してこなかったのでしょうね。

ともかく、キリストは おそらく、出会えた人たちをあまりにも深く信頼してしまったのだと思います。  わけへだてなくです。


日蓮も 同じだったと思います。

まさか 創作して、自分が書いたように見せかける人たちが生まれるなんて、知らなかったのでしょうし、信じられなかったのだと思います。

また 今では筆跡で本人が書いたものかどうかは調べることができますが、 その創作は 後に 時間を経て創作されたものなのかもしれません。

これも、日蓮が純粋すぎて そんな予測はできなかったのだと思います。

え、キリストや日蓮は、、未来永劫についても知っていたのでは とか^^言う人や思う人がいるかと思いますが、  そこは、もう少しまじめに、真剣に ちゃんと考えてみてください。

たとえば 流体力学を計算できなければ 飛行機が空を飛ぶ仕組みを理解できないことは 現代人なら、私のように つい最近まで分数を知らなかった人間でさへ 推理し理解することはできます。(私は、小学校五年生の頃 死の床をはいずっていましたので)

もし キリストや日蓮が  より早く  その大切な教えを 世界に広めたかったのなら 流体力学も含めて その設計図書を書き残して、どこかにしまっておけばよかったのです。

時が来て それを見た現代人は 誰もが 驚いて 信じるようになるで笑(しょう^^)

自動車の自動運転の設計図とかね^^。

いえ、 多分、  ではなく ほぼ絶対的に 日蓮もキリストも 九九の計算も知らなかったと思います。


そろそろ、ちゃんとまともに 考えてほしいです。

そうではなくて、 はるかに はるかに、人間が幸せになる、一番大切なことを日蓮やキリストは語っているんです。

心の宝の世界です。

生活や、思考の中軸となるべき 指針となるべき いちばん重要なことをです。


そのことに謙虚であれるなら、  自分は自分で 一生懸命 自分の人生の体験を通してこころの哲学者にはなってきたのですから  どんなにちっぽけでも その哲学を 人に伝える資格が無いわけではないということだったのです。

ただの考えすぎでしたね^^。

何事にも疑問を持つのはいいのですが (それをのり越えれば進歩しますから)

私は、こんなふうに、時々考えすぎてしまいます^^。


ミクシィの 哲学コミュにも いろいろな考えすぎ、頭でっかちの人たちとかも大勢いるのだと思いますし、 

他のSNSで 出あったその変なおじさんの類と同じ名前の人も見つけました^^。(たぶん、おなじ人です)

海千山千の へんな議論好きの人たちが ここにも 大勢いたりするのだと思います。

でも 私は学者でも 本の虫でもないですが、 できるだけ早く まずは この哲学コミュに参戦^^していこうと思っています。

最高に苦しい死の扉をくぐったこともある人間です。 心(神経)の面でも気が触れた体験もあります。  子ども時代にも、いくつものこの世の地獄を体験しています。

そのかわり おなじ子ども時代に、これもいくつもの 楽しい天国のような命の世界も体験していたりします。

お酒も、 全然飲めない家系の人間なのに 踊りの勉強のつもりで飲んでいたら、 だれにも負けない酒豪にもなっていたりしたことがあります^^。

考えてみれば ほんとに いろいろな体験をしてきた人生でした。

たぶん、 ただの本の虫の頭でっかちには、 負けないでしょうね。

目的は  その人たちの中から  本気で 実際のこの世界が幸せになる道を指針を考えることのできる仲間たちを見つけるためです。

ミクシィをいっしょに活性化し、 ミクシィに 介護のためのゆるやかだけど 強力な連帯を作り出すための 思考力のある仲間たちを見つけるためです。

社会から、この大地から この大地の上に生きている命から、目をそらし、 頭の中だけでの思索になぜか閉じこもるのが好きな人たちは 置いてきぼりにして^^。


これを機に、 いよいよ、ミクシィでの もう一つの実験(準備)が 始まりそうです(^_-)-☆。


((やはり、認老ゲンキニ君は、ただでは転ばなかったようです^^))


今日は、以上です。


おやすみなさい(^_-)-☆☆☆☆☆☆☆♪



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