「笑顔でいられる範囲で生きよう」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19751 (写真入り記事)
私は、笑顔でいられる範囲の中で全力で生きたいと思っています。しかし、いつの間にか、イライラしたり、自分が磨り減ってしまっていることがあります。
そんな時、自分を回復させるために、目つぶって心を神に向けます。横になれる環境ならば、横になって5分でも10分でも心と体を休めます。
そうすると、だいぶ無理をして疲れていたんだなーということに気がつきます。疲れがいやされると、神と心が通じるようになり、祈ることで再充電します。力に満ちたら仕事を再開します。
この間、実に数分なのに休んだことで、疲れてイライラして仕事をしているよりもはるかに質の良い仕事を、短時間で行うことができました。
笑顔でいられる範囲が私にとって一番力を発揮できます。
もちろん、社会の中を生きていて、いつでも笑顔でゆったり仕事をしているわけにはいかないこともあります。そうですよね?
私は、笑顔でいられる範囲を最大限に広げるために祈り備えます。少しでも笑顔のキャパを広げ、大きくしたいと思っています。その秘訣は、創造者、全能者なる神と祈りを通して交わることにあるようです。
イエス・キリストは、十字架につけられる前にゲッセマネの園で「ひと時の祈りを3回繰り返した」と書かれています。この3回とは、「繰り返し祈った」と解釈することができます。
しかし、「ひと時」とは、「2時間」と解釈することもできます。2時間×3回=6時間です。キリストが十字架にかけられたていた時間も6時間です。
キリストは、十字架での6時間の戦いに勝利するために、ゲッセマネの園で6時間の祈りを捧げだと言うことことができると思います。
十字架の戦いは、人類最大の戦いですから、それだけの時間、しかも、血の汗を流すほど熾烈に戦いわなければなりませんでした。そこで、キャパが最大限に広げられて勝利できました。
キリストがこの地上を歩まれた時には、集中的に断食して40日間祈ったり、徹夜して祈ることもありましたが、毎朝祈ることが習慣でした。しかし何より、どんな時にも絶えず祈っていました。キリストでさえ人間の姿を取った時には祈りが必要だったのです。
そうだとしたら、まして私たちはもっと祈りることが必要です。
祈りこそ力がです。祈るなら力が与えられ、キャパが広げられます。神+私=無限大です。
さあ、今日も祈りからスタートし、祈りを通して力を得て、笑顔で歩める範囲で歩んでいきましょう。人生は楽しいものです。
狭い日本、そんなに急いでどこにいく?
短い人生、そんなに急いで何をする?
慌ただしくやって何時間もかかることが、祈ったら短時間で良い生き方ができます。
今日もありがとうございます。素敵な一日でありますように。
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