「無駄や遠回りを恐れるな」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2018/12/21(金)【1339】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19463 (写真入り記事)
社会全体が効率を重要視し、無駄を敬遠する傾向にある。しかし、無駄、そして、遠回りにこそ大きな宝が隠されていると思う。
優等生で、ストレートで一流大学に合格し、一流企業に就職をしたり、官僚になったりして、順風満帆な人生を生きた人と接してみると、味も素っ気もなく、面白みのない人間であることが多いもの。
別に、そういう人生が悪いと言っているわけではありません。
このコラムの主旨は、無駄や遠回りが人間を成長させ、深みをもたらし、豊かにしてくれるもの。だから、無駄や遠回りを恐れるなと伝えたいのです。
私は、失敗を繰り返し、遠回りの人生を生きて来たことで、普通では経験できないような体験をたくさんさせてもらいました。
しかし、遠回りしたように思えますが、実は、一番最短距離であったように思います。
18歳でイエス様と出会い、20歳で神学校に入学しました。
無駄や遠回りの行き着いた先に、いのちをかけても惜しくない使命と出会うことができました。
クリスチャンの世界は、真面目の人が多く、加えて、真面目が評価される。
もし私が、無駄や遠回りをしないで生きて来たとしたら、真面目な人に囲まれて、無駄のない、いい感じの生き方をし、純粋培養された世間知らずの人間になったかも知れません。
無駄で遠回りの人生をしたからこそ、裏社会の人と関わったり、驚くほど人の心は汚いということも知ることができました。
だからこそ、神様の愛の大きさ、深さ、長さ、高さを知ることができました。
人生にゆとりを持つことができるようになりました。
人生の無駄や遠回りは、決してマイナスではないのです。
将来必ず役に立つ経験という貯金をさせてもらうことです。
振り返ってみて、「良い経験ができた!」と感謝できる日が必ず来るものです。
だから、失敗しても、遠回りをしたとしても、人生を悔いたり、悲観したりしないで、前を見て、感謝しながら生きていきましょう。
ほかの人ができない経験ができたのです。儲けものです。
このあとも、ステキな時間をお過ごし下さい。
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