研究論文「三重県における社会福祉事業の歴史（1）
−明治・大正期設立の三重済美学院と明照浄済会−
千草篤麿
３．明照浄済会
伊勢市の明照浄済会は、浄土宗僧侶の清水法隆師によって大正元年（1912）8 月に設立され、翌大正 2 年（1913）4 月より現在地の旅館（御師宿）を購入して無料職業紹介所、宿泊救護、釈放人保護、教化訓育の 4 事業を開始した。清水法隆師は明治元年（1868）11 月3 日に飯南郡茅度江村で殿村仙右衛門の長男として生まれた。明治 13 年（1880）11 月に宇治山田市中之町の浄土宗寂照寺にて得度し、僧侶となった。明治 15 年（1882）に飯南郡下仁柿村の両泉寺の清水厚隆師の養子となり、清水法�呂般松茲辰拭�その後、京都法学校（後に立命館大学に合併）、浄土宗教学校、高倉学寮（大谷大学の前身）、浄土宗布教講習院などで修学に励んだ。明治 28 年（1895）11 月に両泉寺住職、明治 41 年（1908）3 月には宇治山田市欣浄寺兼務住職となった。『施設総覧』によると、翌明治 42 年（1909）11 月に三重県の推薦によって、内務省主催第 14 回感化救済事業講習会及び地方改良事業講習会に出席した。この講習会に発揚されて、大正元年（1912）に浄土宗 4 か寺の住職の協力を得て、明治天皇崩御の報恩事業として明照浄済会が設立されたのである。この 4 か寺住職は、森島誠諦師、井上南山師、松本古月師、駒田円応師である。この中の松本古月師は、前述したように奥田法敞師の実父である。
この間の事情については、『功労者事蹟』では、「宇治山田市吹上町欣浄寺住職を兼務したが、同市は上神宮所在地のこととて、全国より流入する浮浪者相当多く、之等の者の中には無職者前科を有する者、又病苦に悩む者等も相当あり、一夜の雨露を凌ぐ宿舎もなく、やがては又犯罪の道に転落せんとする状況を痛く憂へて、苦心画策の結果大正元年八月、同市吹上町の現在の地に明照浄済会を設立」したと記している。また、『功労者伝』では、「この事業はその後、近鉄線の青山トンネル開削や終点駅建設工事、及び東洋紡績工場新設等の為、労働者が多数入込み、従って不当な低賃金や遊興等のため困窮者も続出し、又一面伊勢神宮を控えている関係上浮浪者も多く、従って唯一の救済機関として忽ち重視されるに至った」のであった。
設立に際しての資金については、「月僊基金、民間の寄付、県・国の補助等で賄えたが、
日々の運営には事欠き、法隆は自分の住職の浄財をすべて事業に注ぎ込んだ」（奥田他、2005）のであった。この「月僊基金」は、清水法隆師が得度した寂照寺を江戸時代に再興
した僧であり、画家であった月僊が残した基金である。月僊は多くの絵を描き、それで得
た莫大な資金で、寂照寺を復興させ、伊勢神宮周辺の道路を改修したり、飢饉に苦しむ人々を助けたりした。そして、「文化元年（1804 年）から 5 年ごろには、月僊は 1,500 両を山田奉行に託し、その利子で近郷の貧しい人々を救助するようにし」、「人々は、その恩徳を讃えて、この基金を『月僊金』と呼」ぶようになったものである（海津、1994）。
設立後の運営については、『功労者事蹟』に「本施設に収容せられた対象者は凡そ世人の嫌忌する者ばかりで、それ等の者の集団宿泊施設は素より付近在住者の痛烈な反対を受けたが、氏は毫も屈するところなく人道を説き聖地の公安を叫んでひるまず、自ら市中を巡錫して是等不遇なる薄倖者を収容し、或いは自ら行旅病人を背負って保護を加ふる等不動の信念を以て之に當り、資金の調達に付ても自ら托鉢に依って零細な浄財を集め、或いは檀徒を説いて寺財を投じた事もあった。又夜は宿泊者と共に就寝して宿泊人の精神指導を為し、或いは座談会を設けて専心これが善導に努むる等其の苦心の程は並々ならぬものがあった」と記されている。
明照浄済会の「昭和元年度（大正 15 年度）事業概要」によると、無料職業紹介所の求人数 279 件、求職者数 437 件、就職者数 188 件となっている。求職者の本籍地一覧では、全国 42 府県から来ていることがわかる。「幾多の同情すべき求職者に対して其の職を与ふるに至らざりしものあるは遺憾に堪えません」と報告している。宿泊救護所では、宿泊人員373 人、延人員 5351 人で、「一時宿泊して就職通勤する者、旅費盡きて求職すれども職なく、如何とも為し難く為に旅費を給与して他府県から故郷へ転送せし者、或は職業紹介中宿泊救護せし者、或は当市に来たりしも縁者無き旅人で一夜宿泊を請ふ者、或は病啞に冒され職に堪えぬを以て慈悲同情の赤心より宿泊看病せし者、等宿泊所は多端を極めました」と報告している。釈放人保護では、19 人に様々な対応をしている。「愛知県人、和歌山県人にて、実質的に善良に復しつつあるを慶びます」等としている。教化訓育では、定期講演会 38 回、明照日曜学校 25 回、慰安会 2 回、掲示伝道 45 回であった。最後の「報告を終へて」の中で、清水法�六佞蓮嵋槐�の経済界は不景気のドン底を匍って多数の失業者を出し、為に宿泊所を訪れる人も増加し救助費の如きも多額に上りました。為に役員一同起ちて松尾観音会式、朝熊山開山会、世義寺の護摩会には慈善托鉢を設け或は毎月市中を托鉢し或は郡部の初米托鉢を行ひて浄財を募り、以て困窮と戦ふ人達に皆様の御芳志を頒つことを得たるを慶びます」と記している。
その後、昭和 8 年（1933）には母性保護と幼児保育のために保育所明照園を開設し、昭
和 12 年（1937）にはこれを拡張増築して神都明照園とした。昭和 18 年（1943）5 月に清水法�六佞�亡くなると、弟子である三重済美学院長の奥田法敞師が後を継いだ。戦争中は火災をまぬがれたので、罹災者の応急的救援にあたった。そして、戦争によって夫を失った女性とその子どもたちの保護を目的として、昭和 22 年（1947）に明照母子寮を開設した。この母子寮について明照浄済会には、「戦前の職業紹介事業の中で最も就職に困難をきたしたのは子どもをもつ母親であり、法人はそうした親子への支援にかねてから力を注いできた歴史があった」（奥田他、2005）ことは重要である。その後、昭和 29 年（1954）には児童養護施設精華学院を開設した。
現在の明照浄済会は、児童養護施設精華学院、母子生活支援施設サラナ、児童厚生施設明照児童館、その他多くの事業を展開している。
高田短期大学介護福祉研究センター
高田短期大学 介護・福祉研究２号
平成 28 年 3 月
http://www.takada-jc.ac.jp/campus/fukushi/pdf/h27kiyou-2.pdf
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