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2018年11月03日23:31

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佐藤雄一指揮の『ミサ曲ロ短調』

「人間」バッハの祈りの歌。最高の演奏で地上に響き渡る。

☆伝道集会concert
■日時: 2018年10月27日(土曜日) 13:30から
■会場: 日本基督教団信濃町教会(中央・総武線信濃町駅下車徒歩3分)
■曲目:
♪ムファット／パッサカリア(オルガン独奏)、
♪バッハ／ミサ曲ロ短調から1.ミサ(キリエ、グローリア)
■指揮: 佐藤雄一
■独唱: 杉原良子(ソプラノ1)、井上充代(ソプラノ2)、中野由弥(アルト)、川西祐毅(テノール)、松田亜蘭(バス)
コンサートマスター: 門倉佑希子
オルガン: 平野智美
■合唱・管弦楽: 東京カンタータ・コレギウム
■入場無料

今回は久しぶりに録音した。
会場で聴いたときも感動したが、録音を聴き直し佐藤氏の音楽のあまりの素晴らしさに絶句している。
オーケストラも合唱団もアマチュアであり、どちらもバッハの演奏に長けているとはいえなかった。
それゆえ多少の疵はあったが、圧倒的に良い部分が勝っていた。
加えて、ICレコーダーの性能ではデリケートな細部を録り切れないが、佐藤氏がオケと合唱に叩き込んだ表現は、細部の粗が聴こえなくなったことでむしろ鮮明となった。
フルトヴェングラーの録音の悪い演奏が、今日でも説得力があるのと同様である。
以下の感想は、実演で聴いた印象を、録音を聴いて補完したものである。

（写真は教会内の様子だが、演奏が始まるときには聴衆で一杯であった。）

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記録をたどると、私はミサ曲ロ短調を過去４回も実演で聴いていた。

１回目
☆オラトリオ・シンフォニカJAPAN　演奏会
日時：2009年4月30日（木）　18:45開演
場所：サントリーホール
指揮：ジェフリー・リンク
管弦楽：オラトリオ・シンフォニカJAPAN
合唱：東京ライエンコーア、東京オラトリオ研究会

２８０人の大合唱による「サンクトゥス」や「オザンナ」は圧巻だった。
このとき妻がソプラノの一人として歌っている。

２回目
☆ラ・フォル・ジュルネ2009より
日時：2009年5月4日（月）　21:15開演
場所：東京国際フォーラム・ホールA
指揮：ミシェル・コルボ
合唱・管弦楽：ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル

世界最高水準のオケと合唱、自身が聖者のような指揮者による演奏。
少人数ながら、合唱は全員がソロを歌える実力。
オケもとてつもなく上手い。
速めのテンポで、余分な重さや情緒はダイエットした表現ながら、美しく深みがあり、感動的な演奏だった。

３回目
☆コンセール・デグラッセ　第四回演奏会
日時：2010年2月20日（土）　18:00開演
場所：東京文化会館　小ホール
指揮：有村祐輔
独唱：ロベルタ・マメリ/波多野睦美/ベン・ブレイクウェル/与那城敬
管弦楽：東京バッハ・カンタータ・アンサンブル（ピリオド楽器使用）
合唱：コンセール・デグラッセ

オケは、古典四重奏団のメンバー中三人が弦楽パートを支えていた。
「有村氏の指揮による演奏は実に素晴らしかった。
緻密な音楽が変化しながら、次第に盛り上がっていく様子や、節目で音楽の流れが変わる部分などを、私にも分かるように表現してくれた。
とりわけ、全曲中何箇所かある「暗」から「明」へと音楽が変化する場面は感動的だった。
何かを誇張するとか強調するといったことがなく、ひたむきに音楽と向き合って生きてきた、半世紀以上に渡る音楽人生の蓄積を感じさせる、含蓄のある演奏だった。」
――と書きつつ、
「私の耳がついていけない。
一声、二声、三声、四声、…とパートが増えていくにつれて、耳が全パートを聞き分けられなくなり、だんだん訳が分からなくなってくる。
そうなると、音楽は心地よいので夢見心地になり、音楽と関係のない連想が頭の中でグルグルし始めてしまう。
ハッと我に返って、また音楽に集中する、その連続だった。」
――とも書いている。

４回目
☆M銀行合唱団　第３回定期演奏会
2010年10月××日（月・祝）13:30開場　14:00開演
紀尾井ホール
指揮：M先生

過去実演で聴いた中ではこれが一番良かった。
合唱は、後半は少し疲れも見られたし、独唱者も手離しで良かったわけではない。
それでも、これほど音楽的にバランスがとれた、解釈と表現が充実したロ短調は初めてだった。
どの曲も説得力をもって響き、最後も感動的に盛り上がって終わった。

また、参考音源として、次の録画を観ている。

☆ライプチヒ・バッハ音楽祭2017「ミサ曲ロ短調」
指揮　ヘルベルト・ブロムシュテット
演奏　ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団　他

自分が勉強する際の参考書代わりである。
手馴れたオケや合唱に任せて、指揮者はただ居るだけでよいという演奏だ。

さて、佐藤雄一氏による「ミサ曲ロ短調」は、過去に聴いたすべての演奏を凌いで最高であったと言わざるを得ない。
「神様」コルボも「巨匠」ブロムシュテットも佐藤雄一に及ばないことが判明した。

――演奏技術という点では、これまで聴いた中で一番下手な演奏であった。

しかし、私は演奏技術が聴きたくて演奏会に通っている人間ではない。
音楽の深さに触れることができる「表現」が聴きたいのである。

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佐藤雄一氏の音楽の優れた特徴は、具体的な想像力をもって楽譜から人間性豊かな物語を紡ぎ出す点にある。
肝心なのは、それが単旋律においてもポリフォニーにおいても等価に豊かであるという点だ。

日本人の演奏家に多い悪い特徴は、「一音一音」の正確さに捉われて「機械的な棒読み」のような演奏になることだ。
草津音楽アカデミーの公開レッスンを視聴すると、歌や楽器のどの先生からも、生徒たちはフレージングを直されている。
旋律は朗読のように奏でられるべきで、表情豊かな朗読もあれば、あえて表情を殺した朗読もあるように、その表現は奥深いものだ。

この点で佐藤氏は破格に豊かな語り口を持っているが、単旋律の語り口では、優れた指揮者ならば大抵は独自の味を持っているものだ。
私が強調したいのは、ポリフォニックな次元でも佐藤氏ほど徹底して雄弁な指揮者は世界でも稀だということである。

バッハで一つの頂点に達したポリフォニー音楽は、古典派の時代になって一旦下火になるが、多くの交響曲で展開部の重要な部分にポリフォニックな展開が現れるように、ポリフォニーは大作曲家達によって脈々と引き継がれていく。
時代を経て、ワーグナーやブラームスではポリフォニーの比重が大幅に増し、シェーンベルクにおいてバッハと同次元まで音楽の主要素となるが、以後の時代は混沌としてしまう。

いずれにせよ、ポリフォニーは西洋音楽の核心であり、多声部が同時に別々の動きをする音楽の面白さを的確に演奏できない音楽家は、西洋音楽の演奏家としては実力不足である。
私は、シェーンベルクが好きということもあり、ポリフォニー音楽には強い関心があったが、多くの名曲について、名指揮者と言われた人の演奏と、佐藤雄一氏の演奏を聴き比べて、佐藤氏の方が圧倒的に優れているのを耳にしてきた。
それは、単旋律の語り口を中心とした物語的構成においても、ポリフォニックな部分の処理についても、佐藤氏が優れているのである。

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I. キリエ (Kyrie)

1. Kyrie eleison (1)
冒頭の楽譜である。（書き込みは私の妻）

元々の楽譜はこのように強弱の記号などないものである。
しかし、佐藤氏はKyrieを二度繰り返す心情を深く斟酌する。
「神よ！」と呼びかけるが、その気持ちがますます切実に強まる様を表現するために、下記のように表情をつける。

私達弱い人間が、「神よ、救いたまえ。」と叫ぶが、それは、本当に搾り出すような心の叫びである。
その叫びは真実の願いであるが故に、最初力なく呼びかけたその声は語尾が次第に強まり、神に呼びかける声も大きくなり、遂にはうねるようなポリフォニックな合唱となって溢れ出して行くのである。
このように人間的な感情の溢れるミサ曲ロ短調は初めて聴いた。
続く管弦楽の音楽は、技術こそ不足していたが、音楽が展開しポリフォニックな部分になると、指揮者が掴み取っている具体的な響きの姿がありありと現れて、その説得力たるや凄まじい。
さらに、Kyrie eleisonの大フーガは極めて長大なものであるが、今回の佐藤氏の演奏ほど、その文脈の段落的構成、フレーズの繋がり、立体的なポリフォニーの生み出す効果、感情の高まりなど、全てが明確で感動的な演奏は始めてであった。
第一曲にして、指揮者の力量がさらけ出されるKyrie eleisonだが、佐藤氏は過去に私が聴いた全ての指揮者を凌いでいた。

問題はもう一つある。
この演奏を私は妻と、妻の友人Tさんと聴いた。
妻はミサ曲ロ短調を全曲歌った経験があり、Tさんは2016年10月2日に佐藤氏の指揮でメサイアを歌い、「わが人生最良のメサイアは終わった」と、以後メサイアを歌うことを封印してしまった人である。
二人とも、今回の合唱団の力量不足を指摘していた。
そんな合唱団に、長大な音楽のポリフォニーを完璧に演奏させてしまうほど、佐藤氏の指揮者としての力量は優れているのだ。

2.Christe eleison.
ソプラノ二重唱にバイオリンオブリガートの伴奏が付く。
佐藤氏のロ短調は、多くの演奏よりもテンポが遅かった。
それは、曲の持つ表情の旨みをしっかり歌わせるためにある。
ソプラノの旋律の動きの速い部分にそれはよく現れていた。
また、伴奏声部においては低音楽器の支えの持つ音楽的重要性がよく伝わるようになっており、ここにも佐藤氏のポリフォニーに対する知見の深さが現れていた。

3.Kyrie eleison (2)
最初の曲とは異なる訴え方での神への呼びかけである。
ここで佐藤氏は最初の「キー、リー、エー」に強いアクセントを置き、「エレイゾン」は流れるような歌い方で、強く神に呼びかけようとしても、やはり弱い人間というものを表現していた。
これもまた、人間味溢れるバッハ演奏である。
ポリフォニーの綾もさることながら、「エレイゾン」の部分に現れるハーモニーの美しさは他の指揮者達が表現できなかったものであった。

II. グロリア (Gloria)
1.Gloria in excelsis.
冒頭からオーケストラの音色が光り輝き、全く別の世界に突入したことが分かる。
ティンパニのアクセントも素晴らしい。
多くの演奏よりゆっくりだが、佐藤氏の演奏がポリフォニーの力と説得力を最大に引き出しているのを聴けば（聴き取ることができれば）、他の演奏が速過ぎることに気付くだろう。

2.Et in terra pax.
切れ目無しに続く「地には平和」の部分の安らかさは、「天には神の栄光」の力強さと好対照を成し、ここの合唱の美しさはこの演奏でも白眉であった。
最初のテノールの歌い出しから素晴らしくて引き込まれたが、清らかな流れが遂には大河となり大洋に流れ込むが如きスケールの大きい感動的な合唱であった。
この部分を例えばブロムシュテットの演奏で聞いても、（合唱団ははるかに上手いのに）さほどの驚きも感動もなくあっさり流れてしまうのである。

3.Laudamus te.
ソプラノ独唱とヴァイオリン独奏のオブリガードによる曲。
両ソリストともよく健闘していたが、どうしても個の力量が剥き出しとなるため、合唱の曲ほど佐藤氏の意図が生かされなかった恨みがある。

4.Gratias agimus tibi.
神への感謝を歌うこの曲も、感動の極みであり、もうこの曲で全曲終わってもいいくらいであった。

5.Domine Deus.
ソプラノとテノール独唱に、フルートの印象的な伴奏が付く曲。
キリストをたたえる歌だが、なぜこんなに可愛らしい曲なのだろう。
第Ⅰ部でもキリエは重々しいがクリステ（キリスト）は軽快である。
通常はフルート一本だが、二本で吹かせて量感と技術をカバーしていた。
低音の支え、美しい弦の合いの手も効果を発揮していた。

6.Qui tollis peccata mundi.
切れ目なく演奏されるこの部分は、輝かしいグローリアにあっては悲劇的な曲である。
「世の罪を除きたもう神よ、われらをあわれみたまえ、世の罪を除きたもう神よ、われらの願いを聞き入れたまえ。」
寄せては返す息の長いクレッシェンドとディミヌエンド。
二声となる部分の切なくも美しいハーモニー。
この曲がこれほどの悲しみを湛えつつ美しく歌われたことはなかった。

7.Qui sedes ad dexteram Patris.
6曲目に続いて神に哀れみを請う、アルト独唱にオーボエの伴奏が付く曲。
やはりソリストの力量に頼らざるを得ない曲では佐藤氏の音楽の良さが100％生きない。

8.Quoniam tu solus sanctus.
神とキリストをたたえるバリトン独唱とホルンが活躍する曲。
神のラッパとしてのホルンが活躍するがプロでも難しい曲である。
バリトンも立派な声だったが一本調子。
ホルンを支えるファゴットにもしっかり仕事をさせているのはポリフォニーに敏感な佐藤氏らしさかもしれない。

9.Cum Sancto Spiritu.
切れ目なく続くグロリア終曲は、もう最初から喜びが溢れ出し、それが緻密な造形で積み上がっていく。
一旦見事なクライマックスを築いてから、バッハの面目躍如のフーガが始まる。
佐藤氏の頭の中に全てが完璧に鳴り響いているから、特別に上手くない合唱団が、驚くほど巧妙にポリフォニー音楽が歌えるようになるのであろう。
圧巻であった！
ブラヴォーをあえて叫ばなかったのは、それが教会という神聖な場にそぐわないと感じたからに過ぎない。

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録音を聴いて、その緻密な表現に圧倒されたが、実演では人間味の豊かさのほうにより心動かされていた。
救いを求める心の叫び、神への訴え、感謝の歌の数々。
バッハの音楽がこれほど人間的に響いたことは、私が聴いた経験ではかつてなかった。
どちらかというと、構築的な面が前面に出て、「難しい音楽」という印象を与えることが多いのがバッハの音楽である。
しかし、佐藤氏のバッハは、ポリフォニックな構築の面でも、人間的な感情の面でも、MAXに優れているのだった。

――どうしても疵のある演奏は嫌だという人は、ずっとBCJでも聴いていればいいと思う。
私は（指揮者の世界にも世襲があるのか！）と思って嫌悪を感じたので、「指揮界の小泉進次郎」の演奏など聴きたいとも思わない。
老年になって人気の出た別のある指揮者は、速いテンポで振っているだけで年の割には若々しいとか含蓄があるとか思われて、実際は演奏の上手い団体に助けられているだけなのに賞賛されている。

真に優れた芸術家である佐藤雄一氏は、到底世界水準には達しないアマチュアを相手に苦労しながら、メジャーな指揮者よりも優れた音楽を生み出しているのである。
ようやく、佐藤氏の音楽の素晴らしさに気付く人が増え始めたが、まだまだ足りない。

佐藤氏の次の本番は、シューベルトの合唱曲の大傑作である。

☆東京男声合唱フェスティバル：会津高校OB合唱団出演予定
■2018年11月10日（土）19:59 ～20:14
■浜離宮朝日ホール　音楽ホール
■曲目
♪シューベルト　湖上の精霊の歌D714（弦付きヴァージョン）
■演奏：会津高校OB合唱団（36名）
■指揮:佐藤雄一
■伴奏
ヴィオラ:大越夏子・吉川舞
チェロ:水野由美子・田中愛里
コントラバス:越啓之
■一般及び大学生・・・1,000円　高校生及び65歳以上・・・500円　中学生以下・・・無料
リンク先に歌詞も置いておいた。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1966117731&owner_id=26363018

断言するが、15分の本番のために入場料を払って浜離宮朝日ホールに足を運ぶ価値がある。
まず、会津高校OB合唱団が稀に見る力のある男声合唱団であり、「湖上の精霊の歌」は滅多に聴けない上に、超難曲で超名曲である。
しかも、それを佐藤雄一氏が渾身の情熱で振るのである。
聴かない方が人生の損失であろう。是非、聴きに行っていただきたい。