9月27日
留保せずに
感謝の思いが心一杯に満ちてきたなら、その思いは愛となって外へあふれ出していく・・・・・・
ビルはこう思う 37
他の人たちに対するサービスを実際に行い、その成功に私がおごり高ぶるようならば、今の地点まで自分を正気に戻してくれたものが何であったかを考えてみる必要がある。喜びと愛と共に与えられたものは、留保せず、公算も考えず、次の人に手渡してゆかなければならない。愛を込め、どれほどたくさんのものを人に与えたとしても、霊的にはるかに大きいものが返ってくることが成長と共に分かってきた。
--------------------------------------------------------
「今日を新たに」 2004年5月31日 翻訳改訂版発行
AA日本ゼネラルサービスオフィス(JSO)発行
--------------------------------------------------------
9月27日
“霊的体験”についてもう少し続けよう。このプログラムによってしばしば数ヶ月で体験できる事柄は、何年もの自己規制によっても滅多に到達できないこともある。私たちのメンバーはほとんど例外なしに、自分自身より偉大な力として認識している思いもよらなかった内的資源を、掘り当てたと感じている。私たちのほとんどは、この自分より偉大な力の認識が霊的体験のエッセンスと思っている。私たちのある人々はこのエッセンスを神と呼んでいる。いずれにしても求める姿勢と正直、そしてオープンマインドは回復にとって必須条件である。
私の生命と生き方を変える、この内的資源を私は発掘したか?
黙想
私の生命に流れる神の力は、神の恵みを認識する私の能力の成長に伴って、より確かなものとなる。神の恵みの力は、人間の自分の考えと意志によって制限されているに過ぎない。神の奇跡を行われる力は、人間の心の霊的ビジョンの欠落によって、その魂に制限されているに過ぎない。神はご自分の力を強制されず、受け止めるも拒否するも、その自由意志で選ぶ権利を人に与え尊重しておられる。真摯な望みの魂にのみ、ご自分の力をお授けになる機会を持たれる。
祈り
私のビジョンの貧しさによって、あなたの力を制限することがありませんように。あなたの力を受け止めるよう心を開かせて下さい。
ホームカミング社 「一日二十四時間」より
※私の独り言※ 私は単純な人間ですので、ときとしておごり高ぶってしまうことがあります。そして仲間の姿を通して、その自分の姿がおかしい、と受け入れることができるのです。先日バースデイを迎えたのですが、最初のバースデイを迎えた折のことをよく思い出すのです。「これだけ頑張ってミーティングに通ったのだから、1年のバースデイは自分の努力によるところが大きい」と真剣に感じていました。それが、ある仲間の言葉から、自分の力ではどんなに頑張ってもこんなに長い期間やめ続けることは不可能だったなあ、と改めて感じたのです。
「なぜだか分からないけど、やめられている」「不思議な力が働いて酒が止まっている」これらは仲間がしょっちゅう言っていることです。そしてこれはそのほかの現象についても、同じようなことが言えるのです。いつの間にか、私たちは豊かに与えられていることに気づくのです。それを意識すると、感謝があふれてきます。そしてその感謝が次の人にこの恵みを分かち合っていくことにつながっていくのです。
/\○/\○/\○/\○/\○/\○/\○/\
山口、AA宇部グループ Mike(マイク)
ログインしてコメントを確認・投稿する