■この世を去った赤ちゃんへ 最初で最後の1着贈ります
(朝日新聞デジタル - 08月09日 06:44)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5236844
無駄とか自己満足とかいうコメントもあって、流産経験のある身としてはとても悲しいのですが。たしかに、赤ちゃんとしては、実はどうでもいいことかもしれない。だけど、経験者だからこそ言えるのは、こういう活動は、亡くなった赤ちゃんよりも、むしろお母さんに必要なことだと思う。
よく、親や配偶者が亡くなった時は、お通夜やらお葬式で、悲しんでいる暇も無いくらい忙しいと聞くけれど、死産や流産の場合はそのような儀式すらなく、手術をすれば暫くは安静で、気をまぎらわすこともできない。手術はしなかった私だけど、人ってこんなに涙が出るんだと知った。ちなみに、記事にも書いてあるけど、手術で取り出した胎児は、19週なら人間の形になっているだろうけど、病院にとっては癌や何かで切り取った内臓と同じ扱いです。こんなこと言ってる私だって、妊娠9週の時に心拍が止まって、それから大量の出血と一緒にトイレで流れちゃったから、ちゃんと火葬してやりたかったけどできなかったし。
私はそんなときにネットを見ていたら、あるお寺で水子のために千羽鶴を折って奉納していると聞いて、私も折らせてもらった。そんなこんなことして何になるかと言われれば、赤ちゃんにとっては関係ないかもしれないけど、身体も回復する前で、仕事も休職中で、家にいても何もできなくて泣いてばかりどころか、最悪のことも考えていたけれど、鶴を折っている時だけはそっちに集中できたから、私の気持ちが落ち着いた。それでいいんじゃないの?悲しみのどん底にいるときは、自己満足も必要ですよ。
ちなみに、お腹の中で赤ちゃんの心臓が止まっても、暫くは悪阻が続いたのが辛かったし、段々とそれが無くなっていったのも、それはそれで辛かった。気持ち悪くて飲みたくもならなかったコーヒーとか揚げものとか、食べれちゃうことが悲しかった。あのまま育っていれば、今ごろは臨月のお腹を抱えていたはずだと考えると、今も悲しい。こういう気持ちは、経験した人じゃないとわからないと思う。
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