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2018年07月11日08:06

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婦人大隊の憂鬱

■時代背景

       


 女性ばかりの部隊が前線へ送られたらどうなるかという問いに対して、この映画はかなり答えてくれる。先に答えを述べておくならば、戦争は相変わらず「女の顔」をしておらず(ロシア語で戦争を指す「воина」は女性名詞であるのだが…)、戦争と戦闘が彼女たちをいやおうなしに「フロントヴィキ=前線野郎」にしていく。この映画には「萌え」要素は絶無であり、むしろ「軍隊における暴力とタテ社会」という重いテーマを考えさせられる佳作である。
 舞台は第一次世界大戦末期に1917年のロシア。ニコライ二世は既に廃位されており、ケレンスキーを首班とする臨時政府が当時のロシアを治めていた。換言すれば、レーニンが十月革命で権力を掌握するようになる少し前のお話である。
 当時の臨時政府の末端は、労働者と農民、そして、兵士からなる諸委員会が工場や農場や軍隊の全権を掌握していた。臨時政府時代のロシア軍では、下士官兵からなる「兵士委員会」の同意がなければ軍隊は戦闘を始めなかったのだ。おまけにケレンスキー政権は、銃殺刑を含む死刑と軍法を廃止した(当然のことながら軍法会議も開かれない)。権威と指揮権を奪われた将校の地位は「ないも同然」となり、将校が階級章にモノを言わせて督戦すれば将校は兵士たちによって処刑された。この結果、ロシア軍の指揮系統は崩壊し、軍隊としての体を成さなくなった。
 ただし、1914年以来の長年の戦闘によって、ロシア軍の兵士たちの勤勉さや忍耐、そして犠牲が何度も踏みにじられ、すでに兵士たちが物心の双方において疲弊してしまっていたことに思いを致す必要があるだろう。すでに兵士たちは戦争そのものを止めたがっていたのだ。
 このようなロシア軍を目の前にしたドイツ軍は、ロシア兵に対して酒とツマミを振る舞い始めた。表向きは「貧しい者同士の戦いを止めよう」というプラカードを掲げていたが、ドイツ軍は参謀本部を頂点とする組織だった戦闘を止めるつもりは毛頭なかった!ドイツ兵たちは組織の崩壊を来したロシア軍をすっかり見下しており、ロシア兵に対する酒とツマミは「あいつらには武器や弾薬をふるまうまでもない。酒とツマミで十分だ」という考えに基づく「侮蔑の贈り物」だったのだ。

 どうやら戦争というやつは、相手になめられきってしまうと残酷な殺し合いの「お相手」すらしてもらえないものらしい。この結果、東部戦線においてはドイツ軍の方が優勢であり、ロシアの国土はドイツ軍によって徐々に掠め取られようとしていた。
 
■婦人大隊の創設と初陣
 このような状況に「活」を入れるべく、ケレンスキーは婦人大隊の創設を思いつく。可憐なご婦人方が最前線にて真面目に戦えば、野郎どもも「正気を取り戻して」戦闘に戻るだろうという算段のもと、婦人大隊は創設された。したがって、決して「女性の地位向上」や「男女の平等へ向けて」といった崇高な理念のもとで創設された部隊ではなく、それどころか!苦し紛れの思い付きの産物だったものだから、筆者としては憂鬱になる。
 貧しい境遇の女性から、貴族の令嬢まで様々な立場の女性の中から数百人が選抜され、婦人大隊(バタリオン:ホラー映画の『バタリアン』の由来でもある)が結成された。
 なお、婦人部隊の選抜基準の1つに「子どもを抱えていないこと」が含まれていた。後顧に憂いがあってはならなかったのである。そして、こうして選抜された女性たちが真っ先に直面した試練は、自分の頭を丸刈りにされることであった…。
 指揮官は軍隊組織をこよなく愛するマリア・ボリカチョーワ。厳格であると同時に公平でもあった彼女は、志願者の女性たちを一人前の兵士へと鍛え上げていく。過去の戦闘において並みの兵士顔負けの戦果を挙げていた彼女は「竹を割ったような」性格をしており、体力に劣る志願者よりも、仲間を売る志願者を脱落させていく。このようなボリカチョーワ隊長の前線指揮官向けの性格のため、志願者が「大隊」としてまとまるのにさほど時間を要しなかった。
 一連の訓練を修了した婦人大隊は、白ロシアのミンスク近郊の前線へ派遣される。 
 ここでも当時の他の前線同様に厭戦ムードに満ちていた。彼女たちが前線へと到着するや否や、ドイツ軍は数人の「軍使」をよこしてきた。殆ど武器を帯びておらず、籠いっぱいの酒とツマミを用意し、表面上は「無益な戦いを止めよう」との言葉を投げかける。
 しかし、真面目に戦闘をする気で前線へと臨んだ婦人大隊は「軍使」の持ち物を調べた。すると、「軍使」の手帳にはロシア軍の機関銃や大砲、そして、防御陣地の大まかな見取り図が記載されているではないか!彼らは「軍使」の体裁をとったスパイであり、ドイツ軍はロシア軍の陣地を抜こうとしていたことが明白となる。ボリカチョーワ隊長は、「軍使」ならぬスパイの捕縛・連行を命じた。

 「殺る気があるのなら、お手並み拝見と行こうじゃないか。最初に手痛い一撃を加えれば、すぐに逃げ帰ってくれるかもしれないしな…。」

 と、ばかりにドイツ軍は毒ガス弾を手始めに、突撃を仕掛けてきた。これに対して婦人大隊は、かなりの数の犠牲を出しながらも機関銃と銃剣でドイツ軍の撃退に成功。しかもその後、逆にドイツ軍の陣地の奪取に成功する。しかし、婦人大隊側の損害が多かったため、長時間にわたって持ち堪えられないことは明白だった。このような婦人大隊の奮戦を目にしても、兵士委員会(兵士によって組織された労働組合のようなもの)によって組織されていたロシア軍の男たちは、戦闘へ加入しようとはしなかった。「もう、祖国への義理は尽くした。なんでこれ以上、不必要に命を懸ける必要があるのだ。」との理屈だ。
 一方、陣地を「女ども」に奪われたことを報告せねばならなかったドイツ軍は、すっかり面子を潰された。このため「野郎!ぶっ殺してやる!」と云わんばかりに、なりふり構わずに殺意満々で陣地を取り戻そうとしてきた。数的劣勢を士気で補おうとする婦人大隊であったが、次第に陣地の一角へと追い詰められていく。もはや玉砕しか選択肢が残されていないと覚悟したその時、数千もの男どもが銃を手に「ウラー!」とロシア名物の雄叫びをあげて突貫し、ドイツ兵を陣地から追っ払おうとする姿を彼女たちは目にしたのであった……。

■後日談――女性の戦争参加は、男女平等を促進するのか?
 男どもの愚行の結果を一身に背負った婦人大隊はなんとか勝利をおさめ、前線を幾ばくか前進させることに成功させたものの、いかんせん人的損耗が激しすぎた。さらに、この部隊が政府から何らかの「特別扱い」を受けていたことは否めず、しかも男どもを「真面目に戦うように=殺しあうように仕向ける督戦隊」としての役割を果たしたものだから、厭戦ムードに満ちた男たちからなる既存の部隊から反感を買いやすかった。
 このような理由からこの婦人大隊は、白ロシアでの戦闘で勝利をおさめた直後に解散された。しかし、ケレンスキーは婦人大隊がおさめた成果に味を占めて、他の婦人大隊を組織する。このうち、最も有名な婦人大隊はペテルブルグの冬宮の警備に充てられた第一ペテルブルグ婦人大隊である。この大隊は、士官学校の生徒たちとともに冬宮をボルシェヴィキから守る任務を与えられていたが、10月革命の際に最後まで戦ったのはこの婦人大隊だった。この婦人部隊の兵士たちは、冬宮での短い戦闘ののちに全員が捕虜となった。
 その後、10月革命後に勃発したロシア内戦において、戦争は再び「男どもの仕事」となり、第一次世界大戦よりも苛烈かつ残酷な戦争が展開された。しかし、1941年に勃発した大祖国戦争(第二次大戦)では、男性だけでは兵士の数が足りなくなった。これは緒戦のロシア側の不手際・劣勢によって多くの男性兵士がため戦死するか捕虜となったためである。このため、再び婦人部隊が組織された。今度はスナイパーや戦闘機パイロットといった分野において頭角をあらわすエースを輩出したという。
 このような婦人部隊の動員はソ連に限ったことではなく、英国と米国でも大々的に行われていた。特に英国の婦人部隊は、ドイツ空軍による英国本土空襲などによって戦死者を出している。このような動員と出血は、戦後の各国において女性参政権の実現や女性管理職の誕生などの形で報いられた…はずだった。
 
 しかしながら、その過程を換言すれば、男性の為政者によってしつらえられた「男性に有利な土俵」に立ち、そこで「男性なみ」に活躍することができた一部の女性が権力機構へと取り込まれ、「面の皮と財布が分厚いオッサン」が持つのと同様の権力を分配される営みでもあった。 
 この営みの結果、「男性の為政者によってしつらえられた土俵」そのものに関しては疑問を投げかけられることがなく温存・再生産され、強い立場や権力を持たない庶民(男女を問わない)が収奪・差別されていく構造が保持・再生産され続けた。このような「憂鬱な構造」の存在を考慮に入れるに、戦争参加における男女平等とは、「共に動員され、殺される平等」という、どこまでも消極的な平等であると言わざるを得ない。そして、この「平等」の延長線上に、21世紀の日本社会における「男女ともに搾取・収奪される平等」「男女ともに過労死できる平等」が存在する…。

 アゴタ・クリストフの『悪童日記』に、次の女性の台詞がある。

―――「あたしたち女が戦争をまるっきり知らないだって? 冗談もだいがいにしてよ!こっちは山ほどの仕事、山ほどの気苦労を引き受けてんだよ。子供は食べさせなきゃならないし、けが人の手当てもしなきゃならない……。それにひきかえ、あんたたちは得だよ。いったん戦争が終わりゃ、みんな英雄なんだからね。戦死して英雄、生き残って英雄、負傷して英雄。それだから戦争を発明したんでしょうが、……(後略)……」―――

(Kristof, Agota, 1991 “LE GRAND CAHIER”, Seuil =堀茂樹訳、2001『悪童日記』早川書房、148-149項。)

 作中の「戦争」とは、著者の母国であるハンガリーが巻き込まれた第二次大戦を指す。彼女の台詞は「男性に有利な土俵」への渾身の批判である。
 しかし、時代が半世紀以上「すすんだ」はずの21世紀の日本において、先に引用したような「男性に有利な土俵」への批判は憚られ、逆に女性までもが我が国における物理的暴力を伴わない一種の「戦争/内戦」へと動員されていることは、奇妙かつ憂鬱なことである。
 
 ともあれ、我われとしては「戦死して英雄、生き残って英雄、負傷して英雄」というシステムを疑うことから始めるとしよう。そもそも「英雄にならないと、安らかな生活が手に入らない」取引なんぞ、イカサマにちがいないのだから。





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