バス停わきに立つ銀杏。
雨避けの天蓋と見えて、実はバス停に造られた庇は銀杏避けだろう。
銀杏の実が大きくなる頃、バスを待っていると肌の弱い私はいつも全身が痒くなる。
あちこちが痒くなるので
(銀杏も呼吸をしているのだ)
と理解がおよび、毎年懲りる事なく同じバス停を利用する。
直接銀杏に触るほどひどい被害が有るわけでもない、ただそこに立っているだけの銀杏の呼吸を感じとり、私は何故だか
(いつか喰ってやろうと思っているのになぁ…)
と時を経て熟して落ちた実を拾うのは、とてつもなく恥ずかしいのだ。
季節の風物詩たる銀杏拾い、まだ実行に及んだ事はない。
ログインしてコメントを確認・投稿する