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2018年05月12日23:09

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切られの与三

2018/5/12土 17:00- シアターコクーン

瀬川如皐 作 「与話情浮名横櫛」より
木ノ下裕一 補綴
串田和美 演出・美術
切られの与三(きられのよさ)

与三郎 中村 七之助
お富 中村 梅枝
伊豆屋与五郎 中村 萬太郎
下男忠助 笹野 高史
赤間源左衛門 真那胡 敬二
おつる 中村 鶴松
小笹 中村 歌女之丞
海松杭の松五郎 片岡 亀蔵
観音久次 中村 扇雀

コクーン歌舞伎、初体験。予習なし・元の歌舞伎も知らずに観たのですが、いやー、心揺さぶられる素晴らしい舞台でした。心揺さぶられるといういっても大感動というのとは違う。痛くて痛くて、心がひりひりする舞台でした・・・。(そしてそういうの大好き)

どうしようもなく弱い与三郎のどうしようもない人生が、愛おしくて愛おしくて。この切なさは、七之助さんでないと出せなかった味なのでは。七之助さん、本当に、物凄い役者さんだなぁと思います。

ストーリーは歌舞伎の「切られ与三」をベースにその元となっている落語の「お富与三郎」からのエピソードも盛り込んだものになっているらしい。ラストは今回の作品のオリジナルなのかな。

とかいうことは観た後で知ったことで、この公演を観てまず感じたのは、歌舞伎という形式の舞台で、時代も現代の設定ではないのだけれど、現代人(特に若者かなぁ)の悩みや苦しみが表現されてる!という驚きでした。

この作品では、与三郎はごく普通の善人という設定のように思えました。それがいろいろな歯車の狂いでどんどん身を持ち崩していく。彼は善人なんだけど、悪事に手を染めていくのは弱さ故。でもそんな境遇にいながらいつも、ここは自分の本来の居場所ではない、という思いが強くて。だからこそ、彼が自分が帰る場所と思っていた江戸に命がけで戻ってきたときに、そこには自分の居場所がないのだと悟るシーンは辛くて辛くて客席で与三郎の心に共感して涙がぼろぼろこぼれました。

その後があって、救われたけどね。ひどい話の中に、人同士の温かい感情(親子の情を含む)が挟み込まれていて、そして、与三郎も、弱いけれど決して「ひ弱」だったり「卑怯」だったりはしなくて、真っ直ぐで、明日があるか分からないけど、前を見ている。そういうストーリーに、彼のような弱い人間に対する温かい目を感じて、そこが泣けてしまったのでした。

今の社会についていけない、苦しい、と思っている人ほど見てほしい作品。ツイッターで「渋谷に似合う。渋谷にいる人にこそ見てほしい」という感想をいくつか目にしていたのですが、私も全く同感です。居場所がないという苦しさを単に分け合ってくれるだけじゃない、それでも生きていくんだという力を理屈ではなく感情で押してくるような、そういう力のある舞台でした。

七之助さんの繊細で憑依系な演技がこの舞台を成功に導いたのは間違いありません。そして梅枝さんのお富は、温かさと冷たさ、可愛さと威圧感の混じり合った複雑でミステリアスなキャラクターでこの舞台の肝だったように思います。

演出について、通路を使ったところ、特に七之助さんが走り回るところは、会場を上手く使っているなぁと感嘆。ただ、舞台美術は、さして斬新でもなく、伝統的な歌舞伎の世界を離れられたからこその効果も感じられなかったなぁと思ってしまいました。最後のシーンの飛行機雲も意味不明・・・(生意気言ってすみません)。細かいことは分からないながらも、あの美術にロジックはあったのだろうか?(雰囲気重視?)という疑問も涌いてしまったり。ノイマイヤーファンだと、ついつい演出や美術にもロジックを求めたくなってしまう^^;

ジャズの生演奏の音楽も、全然悪くはないけど、特別に効果的だったのかなぁと疑問に思ったり。現代の若者に通じる悩みを描くというのが狙いなら(私はそう思ったんですが)、思い切ってHIPHOP取り入れるとか、逆に超普遍的なバロック音楽も悩みを描くのにはよさそうだなーとか、一人でいろいろ妄想してました。

とにかく、本と役者さんの力で素晴らしかった「切られの与三」。芝居好きの方、現代社会に疲れを感じてらっしゃる方に、是非観ていただきたい舞台です!
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