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2018年04月27日05:59

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谷村志穂著『黒髪』〜読了後の余韻に浸っている

ネタバレ。
購入したのは電子書籍。

谷村志穂氏の作品には、とても芯の強い女性が出てくる。舞台も函館で、教会とロシア人が何等かのカタチで登場する。そうだったとこの本を読み進めながら思い出していた。芯の強いというか、恋に一途というか、その恋を人生の柱にして生きている・・・というか。

さわとドミトリーは、自分たちの運命の相手に会えた人たちだ。ドミトリーが既婚者で、子供も何人もいるのだから不倫だ。ふたりとも良心の呵責を感じてはいる。一度は、函館と大連とで別々に暮らす生活を受け入れてもいる。さわが海を渡ったのは、連れ去られた乳飲み子に会いたいからだろうと思う。でも一目会ってしまえば、子供より男性の方に想いがいってしまう。最後の逃避行は、お互いの家族を捨てて、追われる身となってもだから、子どもを諦めるというより、子どもを巻き込まなくてよかったのかもしれない。その子は、その難しい時代を生き延びて立派に成長できたのだから。さわとドミトリーは別々に亡くなっているが、無念とはいえ、相手を想いながら、恋を全うし、その証をふたりも残したのだから、そういう意味では幸せな人たちなのかもしれない。

この本に、もうひとり別の意味で強い女性が出てくる。自分の故郷を忘れず、亡命先の日本に頑として順応しなかったソーニャだ。その頑固さがドミトリーが離れて行く原因にもなった。でも、愛人の子を自分のと遜色なく育て上げたのは、立派としか言いようがない。

それにしても、外国語が理解できることが、特技として認められずマイナス要素になっている。関東軍の官舎に住んでいる者がロシア人と話すことは、ただでは済まされない、と秋山が言っている。挨拶や世間話も笑って済まされる時代ではなかったとはなんと過酷だろう。

この作品はさわとドミトリーの悲恋話だが、わたしは秋山の方が気になる。当の本人たちは、お互いを想いながら消えて行ったが、両想いだ。でも残された秋山の想いは生涯消えなかっただろう。成長期に身近な女性、母の愛を十分得られず、女性に対して臆病になっていた彼を変えた恋だ。ただその恋を育むには、時代が厳しかった。まずは秋山自身が使用人に世話をされる環境で育った。さわは世話をする側の人間だ。戸惑うさわの気持ちを秋山が理解できるはずはない。おまけに秋山には自分の自由になる時間がなさすぎた。さわが食事や着るものの世話をできていたら、夫婦のような情も育めたのかもしれない。それ以前に、せめてさわの口から身の上話でも聞いて入れば、ロシア語の心得があるのを知っていれば、身請けを諦めたかもしれないし、少しは彼女をかばえたかもしれない。いきなり始まった秋山との生活にさわがなじんだとは言い難から、この身請けは秋山の自己満足・・に終わっている。日本に戻ったさわを特高の手に委ねたのは、自分の腕に閉じ込めていられなかった獲物を、せめて檻の中に入れておきたかったからか、恋敵と一緒にさせておきたくなかったからか、はたまたロシアのスパイとかアカだとか疑われて生きにくい世の中より檻の中の方がましだと思ったためか。さわの出産をおりょうに知らせるように計らったのは彼だろう。時代に翻弄されて成就できなかった秋山の恋だが、彼の細やかな愛情がみえる。

さわの人生をたどる娘のりえに、育ての親であるおりょうは産みの親のことについて何も語らなかった。りえは秋山の存在を知らないだろう。特高の山中の口から旅順の岡本の名前でも出れば、りえが秋山にたどり着けたかもしれない。

私はこの不器用な軍人の人生がその後、どうなったかを想像してみたい。高級将校だから戦犯としてとらえられたかもしれないが、戦後を生きて、さわを忘れられずとも、別の女性と少しでも幸せな時を過ごしていて欲しいなぁと思う。

読了して3週間経つが、毎日のようにどこかのページを開いている。

黒髪
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