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2018年04月14日13:00

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高遠・伊那旅行記

木〜土で3連休がもらえたので、このうちの木・金を利用して長野県の高遠城址や伊那を旅してきました。
通勤中の京王線車内で、往復の高速バスと現地の路線バス乗車券がセットになった「新宿・高遠連絡きっぷ」の広告を見て気になり、例年だと今が見頃で、しかもちょうど良すぎるタイミングで連休がもらえたので行かない訳にはいかず、行くことにしました。
バスタ新宿7:35発のバスに乗るので寝坊しないよう早めに起きたところ、うちの前の街路灯に車が衝突し、爆発したような音と振動のせいで、嫌でも眠気が吹き飛びました。
その後は余裕を持って早めに新宿に向かい、駒ヶ根行きバスに乗車。指定席を守らないで私の席に座り、間違っていないか指摘すると、運転手が変な案内をしたとか指定券の字が小さくて見にくいのが悪いとふんぞり返るババアがいたりでむかつくこともありましたが定刻通り出発。
バスは中央道を進み、途中は双葉SAで休憩。まだ雪に覆われている南アルプスの山々が車窓から見えましたが、バスの車内は暑いくらいで冷房中なのが印象的でした。
そして、11時頃に伊那バスターミナルに到着。バスはこの先の駒ヶ根まで行きますが、高遠の桜を見るための客が大部分だったようで、一気にガラガラになって出発して行きました。
ここからは高遠行きのJRバスに乗り換えますが、路線バスは伊那バスターミナルではなく伊那市駅からです。駅はすぐそばですが、同じ場所からではないので迷う人も多かったようです。
伊那市駅は飯田線の駅で、以前に乗ったときはほぼ全ての車両が飯田線専用の119系でしたが今は全廃になり、JR東海の他の路線でも走る313系と東海道本線などから転用された213系が走ります。
また、高遠行きのバスはJRバス関東ですが、何で電車とバスで管轄が違うのだろうと不思議がる会話を多数耳にしました。ちなみに長野県は、JR3社が交わる唯一の都道府県です。
高遠行きのバスは、飯田線からの乗り換え客も待って、若干の立ち客が出るくらいの乗車率で発車。やはり観光客らしき人ばかりでした。また、後ろの席にはカメラを持った大きな猫もとい橋本愛みたいな人(相方は横澤夏子みたいでしたが)がいました。
そしてこの路線ですが、途中に「新子(によし)」、「美篶(みすず)」、「鉾持(ほこじ)」など難読な停留所が複数あり、地理趣味的にも非常に興味深かったです。特に「みすず」というのは飯田線などを経由して長野県を縦断する快速列車の名称でもありますが、漢字だとこう書くのは恥ずかしながら初めて知りました。
バスは30分弱で「高遠駅」に到着。鉄道はないけど駅を名乗り駅舎もありますが、ここは国鉄時代に「自動車駅」と呼ばれていた施設です。鉄道の駅と同等の業務を行い、昔はもっと沢山あったようですが、分割民営化で鉄道と通しの乗車券を扱わなくなったりで単なるバスターミナルに変わったり廃止されたりで、減少しているそうですが、ここは今も当時の風格のままです。
しかも、建物に国鉄の銘板があり、スピーカーには国鉄マークが入っていました。
高遠駅からは、高遠城址に向かう循環バスに再び乗り換え。高遠の街並みやループ橋を通過して高遠城址に到着しました。
到着後は入園前に周辺を手短に散策したところ、第一猫発見。
また、近くの家で塀の隙間から顔を出す犬もなかなかいい表情だったので撮影しました。
周辺散策後に高遠城址公園に入園しました。
フォト

入口には昭和初期に建造された高遠閣がありましたが、こちらは受付のほかは有料休憩所なのでここで券だけ買って入園し、まずは二ノ丸から見ました。
桜は散り始めていますが、まだまだ沢山咲いていて圧巻でした。また、二ノ丸と本丸の間のお堀は水面が花びらで埋め尽くされていて、これもなかなかの光景でした。
このお堀から、高遠城址のランドマークといえる桜雲橋を見上げることができ、花との組み合わせが見事でした。
フォト

その後は桜雲橋を渡って問屋門から本丸に入りました。本丸には、太鼓櫓、新城藤原神社といった見所があります。
本丸を1周した後は、二ノ丸の売店で桜餅ソフトクリームを食べました。これは桜と合わせて写真を撮るのもいいですね。気付けばバスで後ろにいた橋本愛みたいな人と相方の横澤夏子みたいな人も近くで同じものを食べていました。
その後は、南曲輪と法幢院曲輪を見てから公園を出て昼食にし、四方路という店に入り伊那名物ローメンを食べました。
フォト

ローメンとは、戦後に地元の中華料理店で創作されたもので、冷蔵庫が普及していなかった時代に麺を日持ちさせるために蒸したのと、地元でよく取れるキャベツと羊肉を使って作られたのだそうです。キャッチフレーズで「ラーメンでも焼きそばでもない」と言われていますが、太麺で具にキャベツを沢山使うところはちゃんぽんに少し近い気もしました。
この店のものはスープが入っていましたが、店によっては焼きそばのようにスープなしのものもあるそうです。
羊肉だけに独特の味がありますが、個人的にはあまり気になりませんでした。また、店によっては好き嫌い分かれる羊ではなく豚肉を代わりに使うところもあるそうです。
食後は高遠城址公園隣接の信州高遠美術館に行こうとしたのですが、入館料が800円と高めだし、紙で「800円」と書いてある下に「500円」と印刷されているのが透けていることに納得がいかず見ませんでした。特別展のときは料金が高くなり、ちょうど八代亜紀絵画展が開催中でした。
八代亜紀が演歌の大御所なのは誰もが知っていますが、実は画家としても活躍しており、猫好きとしては見逃せない作品もあるようですが、この次に歴史博物館に行きたいし、あれこれ見まくると金がなくなるので自粛しました。バスで一緒だった大きな猫(以下略)
その後は、高遠歴史博物館と絵島囲屋敷を見学。
江戸幕府6代将軍徳川家宣〜7代将軍家継の時代の大奥だった絵島が「絵島生島事件」で追放となり高遠に流罪となって幽閉され、その際に住んでいた場所を復元したものです。
流罪になった人を閉じ込めていた屋敷なので質素な建物ですが、桜との組み合わせは美しかったです。
次いで歴史博物館を見学。高遠開城から近代までの歴史を展示したもので、高遠で生まれ幕末から明治にかけて教育者として活躍した伊沢修二に関する展示が特に充実していました。
特に日本が統治していた頃の台湾で教育を広めるのに活躍したので、台湾では割と有名らしいです。日本では無名でも海外のある国では有名な日本人はたまにいますが、そういう偉人の一人ですね。
博物館の窓からは高遠湖がよく見えるほか、江戸時代初期に高遠藩主などを務めた保科正之像があります。
高遠の名君・保科正之をぜひ大河ドラマ主人公にということで、城址公園内などでも署名活動が行われていました。最近、地元の偉人を大河ドラマや朝の連続テレビ小説の主人公にしようという誘致活動が激化しているように思いますが、調べたら全国で30〜40人くらい「候補」がいるそうです。中には知名度の低い人物もいますが、地域活性化にもつながるという思惑もあるようですね。
博物館見学後は歩いて高遠の中心街へ下山。
高遠は、三峰川と藤澤川の河岸段丘に面していて、遠くから見ると斜面に街並みが広がっているのがよく分かります。
フォト

街中では、細い吊り橋の天女橋、駒せり場跡、鉾持神社を見ました。鉾持神社は小さめの神社かと思ったら階段が急な上に非常に長く、その先には立派な社殿がありました。
その後は神社を下まで降りずに途中で横の道に出ましたが、さくらの湯付近まで下りられる道がありませんでした。そして、さくらの湯の横に一見鉄道の鉄橋に見える細い橋があり何だろうと思ったら、用水路が沢を横断するための水道橋でした。
次いで、武田信玄の遺命で高遠城から移植した「極楽の松」がある満光寺、武田家や保科家の菩提寺で石仏群がある建福寺を見て、史跡関係を色々見た後は高遠駅近くの店を覗いていましたが、菓子店の店先に鉄道模型が飾られていて、「高遠にも鉄道の計画があったのをご存じですか」と大正時代にあった幻の鉄道計画が紹介されていて、架空鉄道趣味的に反応してしまいました。公式な計画では伊那北駅を起点に高遠を目指すものでしたが、高遠止まりでは需要が限られるので、山を越えて中央線富士見駅まで結ぶ構想もあったとのことです(ネット上では杖突峠を経由して諏訪地方を目指すと記載されていますが)。イラストの車両は路面電車風で、模型の車両は名鉄パノラマカーでしたが、もし実現していたらどんな車両が走ったか思わず妄想したくなりました。
また、高遠駅向かいに猫カフェを発見したので入ってみました。手前が普通のカフェで奥に猫部屋がある店で20匹以上の猫がいましたが、部屋の広さの割に猫が多すぎる気がし、猫が窮屈な思いをしていないか少々気になりました。
その後は16時台のバスで伊那市駅に下りました。少し前のバスは大行列でしたがこちらは若干空いていて、さらに中国語らしき言葉を話すけど戸田恵梨香似の人が隣に来るという緊急事態発生(汗)!
また、一足先に出発した茅野駅行きのバスを見たら国鉄復刻塗装車でした。
伊那市駅でバスを降りた後はホテルにチェックイン。駅からホテルに向かう道は、小さな街にしてはやたらと居酒屋やスナックなど夜の店が多く、しかもいずれも昭和中盤くらいで時が止まったようなレトロな店だらけです。
今回の宿もWi-Fi対応ながら古めかしいホテルで、見た目の渋さはいいけどいざ入ってみると設備のボロさがどうしても気になりました。
チェックイン後に一休みしてから近くのレトロな飲み屋街で一人飲み。
長屋のような建物の並びには、賑わう店と怪しい雰囲気の中国居酒屋がありましたが、一番手前の静まり返っていたおでん居酒屋「にざえもん」という店に入りました。店内は高齢の客とマスターが1対1でいるだけでした。
ビールを飲みながらおでんを4品(大根、ロールキャベツ、あぶたま、牛スジ)食べましたが、あぶたまというものがなかなかよかったです。名前の通り油揚げの中に卵を入れたものですが、よくありそうなのに初めて見ました。最後の〆は明太入りだし巻き卵を食べました。
余談ですが、飲んでいる最中に下水道工事関係者が来て接続工事がどうとか説明を始め、店の人が「そういう話はうちで決められないから大家に言ってくれ」と帰していました。なので、この店はまさか「トイレまでレトロ」なのかとビビりましたが、ぼっとん便所ではなく簡易水洗式だったので一安心。
宿に戻った後は、21時前でしたが疲れたので早めに寝ました。

2日目の朝は、夜早く寝たために5時頃目覚めてしまいましたが、二度寝してしまい、結局10時近くにチェックアウトしました。
チェックアウト後は伊那市駅の南側を散策し、恵比寿神社を見て天竜川沿いを歩いてから、春日城址公園を目指しました。
公園に向かう途中には伊那部宿跡があり、道祖神や旧井澤家住宅があります。
旧井澤家住宅の建築年代は不明ですが、17世紀末〜18世紀初頭と推定されるとのことで、宿場内では最古かつ最大の家屋だそうです。
そばには一般住宅ですが、宿場時代の名残と思われる非常に古く風格のある家もありました。
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そして公園に到着。入口には春日神社もあります。
ここも伊那市内有数の桜の名所で、土曜に桜まつりとのことで準備が進められていましたが、まだ人はあまりいなくゆっくりと見ることができました。
ここも本丸・二ノ丸・三ノ丸を結ぶ橋があり、朱色の橋と桜の組み合わせが見事でした。
三ノ丸跡には巨大な滑り台があるほか、NHKラジオの送信所にもなっています。この裏手には彼岸桜、八重桜などソメイヨシノ以外の桜も色々ありました。
また、ここからは中央アルプス駒ケ岳がよく見え、雪山と桜の組み合わせも見事でした。
その後は、公園の片隅にある伊那文化会館や陸上競技場近辺を散策して山を下りましたが、下りた後になってこの近くに「はたらくじどうしゃ博物館」というものがあることを知りました。建設機械に特化した極めてマニアックな博物館で、「マツコの知らない世界」でも紹介されたことがあるそうですが、ここに来た時点で知らなかったのが悔やまれます。
下りる途中では荒井神社、円福寺、室大芦郷の伊勢講の供養塔などを見ました。
そして街中まで出てくると蔵が沢山あったほか、沢渡川という小さな川が住宅街を縫うように流れていました。
沢渡川は小沢川を経て天竜川に合流しますが、小沢川に出ると川に側道というか側溝のようなものがあるのを発見。本流が天竜川に向かって高度を下げているのに側道は高さをキープしていて、最終的には権兵衛街道明十橋の下で用水路として分岐していました。アルプスに挟まれている場所柄、水が豊富で沢山の河川がありますが、首都圏では見かけないような面白い川なのが興味深かったです。
フォト

12時過ぎたので食事にし、食べる場所を探していたら伊那北駅前に中国料理みどりという店があったのでここに入り、この地域の名物であるソースカツ丼を食べました。ローメンも扱っていますが、ローメンは前日に食べたのでここでは食べていません。
ソースカツ丼は各地にあり盛り付け方も様々ですが、伊那のものはキャベツが盛られた上にカツをのせるものです。やや脂身が多いのが気になりましたが肉厚だったし、この店のスタイルなのか頼んだわけではないけど何故か「つゆだく」なのもよかったです。
食後は伊那市駅と伊那北駅の間の通り町を散策しながら移動し、漆戸醸造の前を通ってから桜橋を渡って天竜川の対岸に出ました。
この辺には特に名所旧跡などはなかったのですが、蔵と火の見櫓が並ぶ光景などいい風景が撮れました。
その後は再び天竜川を渡って市立図書館に立ち寄ったところ、巨大な地図が各種展示されていたほか、現在の飯田線の前身の一つである伊那電気鉄道1号車の段ボール製模型がありました。
まるで路面電車のような車両ですが、飯田線の駅間距離がJRの地方交通線なのに異様に短いのは前身がそういう路線だったことに由来しているというのがよく分かります。
その後は映画館の旭座の前を通過。最近はショッピングモール併設型などが主流になり、昔ながらの街中の映画館は地方都市では特に希少になってしまいましたが、裏にももう1館「旭座2」があり、しかも「旭座1」は1913年(大正2年)築の木造建築という全国で9館しか現存しない木造映画館の一つで、非常に貴重な存在と言えます。
次いで天竜川舟着場跡を見ました。 権兵衛街道と杖突街道(現国道361号)が伊那街道(現153号)と交差する場所でもあり、陸上交通と水上交通の要衝として栄えた場所で、現在の交差点の名前も「入舟」です。
その後は駅前ビル「いなっせ」に入りましたが、眺望がよさそうな上のほうは市の施設や予約制の公共施設ばかりでした。
フォト

次いで、伊那市創造館を見学。1930年(昭和5年)築の旧図書館を改装した資料館で、郷土に関する展示室、幕末から明治にかけて伊那を放浪した俳人の井上井月に関する展示室がありますが、「大昆虫食博」という企画展をやっていて、受付の整形前のスザンヌ(またはauひかりのCMの春ねむり)みたいな人にこれを特に薦められたのでまず最初にこれを見学。
長野県はハチノコ、イナゴ、ザザムシなど昆虫を食べる文化のある場所で、「ある日の伊那人の食卓」としてご飯と味噌汁以外は全て昆虫料理という食事が展示されていました。将来心配される食糧不足対策の切り札とも言われているし、人類が火星を目指すようになる頃にはそれに応用できるとも言われていますが、やはり抵抗のある人は多いかと思います。国内外の昆虫食について解説していましたが、タガメはラフランスの味がすると書かれていて、つい先日もTV番組でフランスに行った怖いお姉さんもとい指原莉乃がタガメ酒を試飲してそう言っていたそうです。
次いで見た郷土資料室は、周辺で出土した石器や土器が色々と展示されていました。川のそばという場所柄、やはり古くから人間が生活していた場所のようですね。
井上井月資料室は、30代で突然伊那に現れて66歳でこの地で亡くなった謎に包まれた井月の生涯について色々と書かれていたほか、各地にある句碑やゆかりの場所などの紹介もありました。
創造館の外にはロックガーデンがあり、中央構造線などを境に岩石の種類や質が変わることを分かりやすく解説していました。
その後は中途半端に時間が余ってしまったので、出発までバスターミナル内のカフェで休憩。最近話題のカレーパンサンドを初めて見たので、どうしようか迷った末食べてみました。カレーパンを食パンで挟んだだけなので味については言うまでもありませんが、誰がどうしてこんなものを思いついたのか非常に謎ですね。
そして17:25発の新宿行きバスに乗車。山梨県内で乗降ができないのに何故か山梨交通のバスという時点で突っ込みどころ満載ですが、行きの京王バスに比べて古い車種で、テーブルやコンセントがないなど他社の車両に比べて格差が目立ちました。
帰りも双葉SAで休憩となり、順調に帰路につけると思ったら、上野原付近で急に詰まって全く動かなくなってしまいました。事故渋滞かと思ったら特に事故などは起きていなく、八王子JCT付近の下り坂とカーブの連続を過ぎたあたりで急に解消したのを見ると、構造的な問題のようですね。車線を増やす計画はあるようですが、S字カーブが連続するような場所にジャンクションを作るという設計をした人がア(中略)と思いたくなります。
渋滞により、新宿には30分ほど遅れての到着となり、さらに帰りの電車も説明なく遅れましたが、怪我などなく無事に帰宅しました。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1日目・その1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40934476.html
(1日目・その2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40934481.html
(2日目・その1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40934493.html
(2日目・その2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40934500.html
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