mixiユーザー(id:988396)

2018年04月08日15:41

82 view

花冷え

以下、5分で書きますた。
                   *

うさぎをトートバックに入れ、山麓の古刹へ若者は出かけた。飼っているうさぎを広いところで遊ばせたかったのだ。
山から流れる川の上に、赤い欄干の丸橋。左肩にバッグの重みを感じながら若者は渡った。斜面に建つ伽藍にそって古木が並び、八重桜が咲き誇っていた。

川を背にしたベンチに、中年の男がすわっていた。古びたねずみ色の背広、こげ茶の靴。花を前に、ぼんやりしているようだった。
「こんにちは」。若者は声をかけた。「いい天気ですね」。

「でも、すこし寒いね」。男は答えた。「先週まで暖かかったのに」。
若者はバッグをおろすと、うさぎをとりだした。地面に置くやうさぎは体をひと震いさせると、うれしそうに跳ねだした。
「どこかへ行ってしまわないのかい」と、男は聞いた。
「だいじょうぶです。ここいらは慣れてるんで」。

そうか、偉いもんだなと男はタバコをとりだし、火をつけた。眉間に皺が寄る。痩せぎすの顔が、いっそう細くなったように見えた。

「ここにはよくいらっしゃるんですか」。「うん、ときどきね」。
「ずっと暖かかったし、桜にのぼせちゃったね。きょうは頭を冷やしにきたんだ」。

男の頭蓋は上半分がなく、灰白色の脳が剥き出しだった。薄い膜におおわれたそれは、ほのかに揺れていた。
「冷やすにしては、きょうは寒すぎやしませんか」。山から吹きおろす風に、花びらが舞った。

「いや、このくらいがちょうどいいんだよ」。煙を吐きながら男は答えた。
「いろんなことを考えてきたからね。税金や仕事のこと・・・女性のこと。人生、これ大海に漕ぎだすごとしだな。碧い大海原、どこまで漕いでも、誰もいない。水平線以外、何も見えない。君は一寸法師の話を知っているだろ」。

はい、知っていますと若者は言った。「お椀の船に箸の櫂、ってやつですよね」。
「そうだ。そして彼は針の剣で戦った。でも人間には、一寸法師ほどの針もない。人生という大海原で、彼ほどの剣も持っていないんだよ。それでいて頭をいっぱいにしている。知恵だの理性だの、常識だので」。
いったんうつむくと、男は桜を見上げ、続けた。
「アダムとイヴ以来、数千年にわたって人間はものを考えてきた。不安や恐怖のなかでね。その結果がどうだい。ただ、のぼせているだけじゃないか」。男はうっすらピンクに色づいた自分の脳を指して言った。

「でも、この文明や技術を人間は作ってきたじゃありませんか」。自分が馬鹿にされたような気がして、若者はむっとした。「理性や知性、それこそ人間の賜物じゃないですか」。

男はにっこり微笑んだ。「あれは君のうさぎかい」。
「ええ、そうです」。うしろ脚で立ち、鼻で地面を嗅ぎつつ、うさぎは遊んでいた。

「あれこそが神の与えたもうたものだ。そして僕は、こうして頭を冷やしているってわけさ」。

若者は、しばらくうさぎと花を見ていた。そうかもしれない。でも・・・
「ところで、あなたの頭蓋はどこに行っちゃったんですか」。

男はひょいと後ろを指さした。黒い髪がついた骨は土手に引っ掛かっていたが、やがて瀬に揉まれ、花びらとともに消えていった。

◆マイルス・デイヴィス ー Footprints



※おら思うんだが。人生の大海、一寸法師の逸話があまりに凡庸。
もっとちがうのを、また書きますね。へへっ。
7 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年04月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930