mixiユーザー(id:4997632)

2018年03月01日15:02

231 view

 「原発雑考」第356号   豪雪と原発、立憲民主党タウンミーティングなど

 「原発雑考」第356号の転載です。



2018・ 3・5
発行 田中良明
転載自由
連絡先 豊橋市富士見台二丁目12-8 E-Mail tnk24@tees.jp


豪雪と原発

  2月の豪雪。新潟と福井ではそれによる大規模な交通途絶によって市民生活に大きな混乱が起きた。
 どちらも原発密集地帯を抱えている。こんなときに原発事故が起きたらどうなるのか。住民避難はまったく不可能である。事故処理に必要な機材や人員の輸送も不可能だから、事故処理活動も進まないだろう。事故は収束せず、高濃度の放射能汚染によって事故炉以外の原発の安全管理業務も放棄せざるをえなくなり、連鎖的に事故が拡大する危険性もある。そうなっても周辺住民は放射能汚染された雪に囲まれて身動きできず、生活物資の補給すらないまま、被曝しつつ過ごさざるをえないのである。
 日本では多くの原発は、周辺が急峻、狭隘な地形の場所に立地しており、そのことが住民避難を困難にし、他方、周辺が急峻、狭隘な地形でない場所に立地する原発(東海第二、浜岡など)は、周辺に人口稠密地帯があり、そのことが住民避難を困難にしている。今回の豪雪によって積雪もまた住民避難(および事故処理)を困難にすることが誰の目にも明らかになった。
 この豪雪は数十年ぶりというから、久しぶりのことではあっても、空前のことではない。それに、道路の積雪はほぼなかった福島原発事故の際の避難の混乱ぶりから見て、今回ほどの豪雪でなくても、そこそこの積雪がある状態で原発事故による緊急避難となれば、事故やトラブルが続発してたちまち全面的な交通麻痺状態に陥ることは容易に想像できる。新潟と福井にある原発だけでなく、日本海側および北日本にあるその他の原発(泊原発、志賀原発、島根原発、東通原発、女川原発)についても、積雪時の住民避難と事故処理は事実上不可能だという大問題が存在するのである。
 人と物の双方向の大量移動が困難になるような積雪が年に数回はある地域に立地する原発は、稼働不可とするほかないということである。頑迷な政府はともかく、裁判所はこのことを認めざるをえないのではないか。


立憲民主党タウンミーティング

 1月に小泉元首相が参加する「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(原自連)と立憲民主党がそれぞれの原発ゼロ基本法案の骨子を発表した。脱原発の達成には最終的に立法措置が必要である。また立憲民主党は政権与党でないので、現状では行政的手法による脱原発の推進は不可能である。したがって同党や原自連が立法的手法によって脱原発を目指すのは当然だ。
 立憲民主党は、この「骨子」をベースに脱原発団体や市民と議論を重ねて成案を作成する方針を採り、そのための取り組みの一つとして各地で「原発ゼロ基本法タウンミーティング」を開催した。私はそのうちの2月10日に名古屋であったタウンミーティングに参加した。
 同党が発表した上記の「骨子」は、箇条書きで26行しかなく、これとその下敷きになった「骨子案」以外には脱原発に関する政策文書類をまったく公表していなかった。しかも「骨子」には意味がよく分からない表現がいくつかあって、これだけでは同党の考えを正確に理解することは難しかった。そこでタウンミーティングに参加することにしたのである。
 名古屋のタウンミーティングは全体で2時間、出席者との意見交換は1時間(結果的に1時間半になったが)と短く、出席者の発言には原発問題とあまり関係のないものもあり、全体として内容のある議論にはならなかった。
 とはいえ主催者側の説明でこの法律案の基本はほぼ分かった。それは、稼働中の原発はすみやかに停止し(稼働ゼロ実現)、その後に原発廃止に伴う諸問題について電力会社や原発立地自治体と協議したうえで原発を廃止する(原発ゼロ実現)というものである。原発ゼロ実現の時期は明確にされていなかったが、その後の党内の議論によって法律発効後5年以内を目標にすることになった。脱原発法案としてまずは妥当な内容だろう。
 ただし、稼働を認められていた原発を法律によって廃止するのであるから、電力会社への補償は不可避である。それがどれくらいの額になるかは、国家財政や国民負担の観点からも、「脱原発にはこんなにコストがかかる」という原発維持派からの攻撃材料になるという観点からも、立法的脱原発の場合の最大の問題点になる。韓国では、建設中断中の原発の建設再開の可否を決める市民参加の討論型世論調査において、補償問題が決め手になって事前の予想に反して建設再開が多数を占めるということが起きている。
 補償問題についての説得力のある方針を(法案に書き込むことは無理だろうから)説明文書等のかたちで示すことが絶対に必要である。
 会場で私は二つの質問をした。
 一つは「骨子」にある「中長期的に電力が不足する場合にのみ、きわめて例外的に(原発を)稼働」という条項についてである。法律発効から原発ゼロ実現までの間において、火力発電の燃料である天然ガスの調達がきわめて困難になるとか、価格が異常に高騰するとかの事態になれば、例外的に原発再稼働がありうることを想定しているのである。
 現在、石油と石油ガス(プロパン等)は国家備蓄を行っているが、天然ガスは国家備蓄を行わず、調達先を分散化させることによって供給の安定を確保する政策を採っている。天然ガスは世界的なシェールガス開発の急進展によって供給国、供給能力ともに増加しつつあるので、それに乗って調達先をいっそう分散化するだけで現状よりも供給安定性は格段に高まる。したがってそれ以外の対策は不要である。
 また、緊急時に原発を再稼働させるということは、原発をバックアップ電源として待機させておくことを意味する。これは原発の工学的特性(簡単には起動できない等)からもコスト面(起動可能状態で待機させるには膨大なコストがかかる)からもまったく不合理である。
 以上のことを指摘してこの項目の削除を求めたら、説明役の山崎誠衆議院議員(立憲民主党エネルギー調査会事務局長)は同意する意向を示した(この条項はその後の党内調整でけっきょく削除されることになった)。
 二つ目の質問は、「骨子」には省エネと再エネ利用の目標値として2030年の数値(2010年比で、電力消費は30%削減し、電力の再エネ比率は40%以上にする)しか示されていないことについてである。
 政府は2050年温室効果ガス80%削減という目標を掲げている(これは世界標準的な目標値。ただし政府にこの目標を達成する意欲はまったく見受けられない)。この目標を達成するには温室効果ガス排出削減が比較的容易な発電部門では100%の削減(=再エネ比率は100%に)が必要になる。原自連の法案では2050年の電力の再エネ比率100%が明示されている。
 以上のことを指摘して、法案に2050年目標を明示することを求めた。しかし残念ながら回答はなかった。会場からの発言でも2050年目標についての、あるいは脱温暖化と脱原発の連係についての意見、質問は皆無だった。脱原発をもう一回り大きな展望のなかに位置づけ、意義づけることは非常に重要なのだが、その認識は希薄のようだった。
 これは、立憲民主党および今回のタウンミーティング参加者だけでなく、日本の脱原発派全体に共通する大きな弱点だと、私には思われる。


雑 記 帳

 この冬は寒い日がほぼ切れ目なく続いた。私の住む豊橋は暖地で、積雪は一度しかなく、水道管の破裂が多発するようなこともなかったが、二十四節気の雨水(今年は2月19日)の頃まで、気温は低いままだった。
 それでも立春を過ぎると日差しは強くなる。そんな頃、毎日の散歩コースの途中にある高台に立つと、目的地である万場調整池に向かう南垂れの斜面にキャベツ畑が広がり、その先に調整池の水面が見える。好天なら、日射に調整池の水面の反射光が加わり、空気がまだ澄んでいることもあって、非常に清明で開放的な気分にさせてくれる光景が広がる。〈光の春〉である。
 ところでこの場所は、伊吹おろしが濃尾平野から三河湾を経て遠州灘に抜ける風の通り道で、好天の日にはとりわけ冷たく強い風が吹く。手袋、耳当て付き防寒帽、マスクをしていても、わずかに露出している皮膚に風が当たって、痛いほどだ。こちらはまだ〈春は名のみの風の寒さ〉である。
 早春の冷たく乾燥した強風が晴天と透明度の高い大気をもたらすのであるから、〈春は名のみの風の寒さ〉があってこその〈光の春〉なのである。

 石牟礼道子さんが亡くなった(2月10日)。1月31日の朝日新聞に載ったエッセー「明け方の夢 仔猫に誘われ、水俣の漁村へ(魂の秘境から:7)」が絶筆になったのだろうか。襟を正して冥福を祈るばかりである。

3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年03月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031