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2018年03月01日04:44

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今さら本当に申し訳ないんだが・・・。

織田裕二版「椿三十郎」を少し観た。

今さら本当に申し訳ないんだが、酷い。
何が酷いかは今さらここで書かなくても皆さんご存知であろう。
だから書かない・・・・と言いたいところだが少々書かせていただく。

そこから感じた事も合わせてつらつら書いてみたい。

まず織田裕二にあの役は無理だ。
レビューにも有ったが「若侍達の中の一人」であればまぁまぁ行けたであろう。
この人は何年年数を重ねても「重み」が出ない永遠の青年な感じが有る。

それはそれで得難い資質なので、そっちの方で伸ばさばいいわけで、
現にトレンディードラマなどで確実な評価を得ているし、
踊る大捜査線などでも着実に人気を重ねていたしな。
ただ、三十郎ではない。
シャケ弁にロールパンが付いてきた感じだ。

シャケも美味い。ロールパンも美味い。
ただ、合わない。

本来ない部分を自分自身で出そう出そうとしているから
演技に一々粒を立てようと顔を作ったり声を作ったりしてて、
どう〜〜〜しても学芸会チックな安っぽさがにじんでくる。
三十郎の様な浪人者が本当にそんな顔としゃべり方をするのか?
と考えれば不自然で不自然で

「なんで俺こんなつまんないもの観てるんだ?」

と、停止する以外の選択肢が浮かばなかった。
共演者も同じである。

若侍達が最初に三十郎に食って掛かる場面なんだが、
皆、漫画みたいに顔を作ってて笑えない。
舞台であればあれくらいで良いかも知れないが、映画にはカメラが有り、
アップで表情を見せることが出来る。
あんな顔してわめいてる人が居れば頭のおかしい人たちである。

最近のドラマなんかに異常に多いんだが、
お前ら漫画見て演技とか研究してるんじゃあるまいな?と
思わず考えてしまうくらいに極端な顔を作る人が増えている。
そんでまたそんな「分かりやすい」演技が「熱演」とか言われて
何だか評価されているような感じだが・・・・・・・・

本当に視聴者の皆さんは「あれで良い」と思っているのかはなはだ疑問である。
高橋留美子先生の「1ポンドの福音」がドラマ化された時も
アシ先で見ていたが、

「漫画原作なんだから漫画みたいな動きと顔をすればいいんだよね?」

と言わんばかりにコントの様な演技を一人残らず展開していて
ゲンナリした記憶が有る。

いつからこうなってしまったのか?

皆、「画面にどう自分が写っているか?」しか考えていないように思う。
「こうすれば良いんだよね?」と言うその人の中の
狭くて、少ない選択肢の中から出してきた顔を、精一杯強調して
「熱演」する事が「頑張っている!」と勘違いしているようなふしを感じる。

香取慎吾さんの「座頭市 ラスト」の事は前に書いたからもお書かないが、
あの人も顔で演技する悪い癖がある。
「こち亀」のドラマ版の時の演技を覚えているだろうか?

「漫画だからこういう顔すると喜ぶんでしょう?」

的な、「そんな人間どこにもいない」とこちらの気が狂いそうになるような
名演技で記憶から離れない結果となった。

「あんなお巡りさんどこにもいない。」

と言うはずのキャラ設定なのに、親しみを感じ完全に血を通わせている
原作からは3億光年くらい離れた人物像となった。

みんなみ〜〜んな安くなった。

顔を作っても、嘘はすぐ分かるから
何だか無意識に湧いてくる違和感は無くならない。

ただ、「感情」は別だ。
もと歌手上がりのウィルスミスが

「悲しい役を演じる時は悲しい気分になっているからとてもストレスがかかるんだ。」

と言っていたが、そうである。
感情の表現自体は千差万別だから、皆が皆漫画みたいに、
記号みたいに「こういう顔をしなきゃいけない」と言う理屈は無い。
「葬式」と言う大体同じような方向に行きそうな時ですら
違っていたりするものだ。

顔ばっかり作りやがって!!!!!!!!!!!!!



そして下手!
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