昨日は昼過ぎ、飛び込みで入ったカリテでまず一本…
昼はウェイトレスとして働き、夜はクラブで歌手として活動するマリーナは、会社社長オルランドと同棲している。ある夜、いつものように愛を交わした後、オルランドが急な頭痛を訴え意識を無くしてしまった。慌てて車を飛ばし、オルランドを救急病院に運び込むマリーナ。しかし、オルランドは死亡してしまう。死因は動脈瘤らしい。マリーナは、オルランドの元妻や親族らが到着するのを待たず、独り病院を去ろうとするが、そこで警察に呼び止められてしまう。オルランドが転倒した時に頭に外傷を負っていたことから、事件を疑っているらしい。そして翌日、オルランドの元妻や子供たちに会い、クルマや彼の私物を返すことになる。元妻はマリーナを気持ち悪い変態呼ばわりし、息子はマリーナを見下してバケモノ呼ばわりも躊躇わない。そして葬式に出席することは絶対に許さないと言い放つのだった。私はただ、愛する人を見送り、また新たな人生を送りたいだけなのに…警察の無神経な取り調べ、オルランドの家族が向ける侮蔑。それらはみな、マリーナがトランスジェンダー…すなわち戸籍上では〈ダニエル〉という男であるが故なのだろうけど…
という「ナチュラル・ウーマン」を鑑賞。チリの映画かな?アカデミー外国語賞にノミネートされています。
以下、ネタバレウーマン


これが単なるLGBT差別の映画だったら正直乗れなかったです。この映画の面白い点は、LGBTという差別されやすいキャラが、妻から旦那を寝盗った愛人という位置に立っているという点。世の中の流れ的に、トランスジェンダーを露骨に差別する人っていないと思うんですよ。でも、そのトランスジェンダーが「愛人」だったら、セックスをどうしても想起しちゃうし、奥さんや子供からしたら、どうしても忌み嫌う存在になりますよ。だから彼らは、差別に正当化をもたせて、堂々とマリーナの性を攻撃対象にしていくわけです。それにマリーナがどう立ち向かうかを描いているので、差別=可哀相の短絡なドラマになっていないのが魅力的なんです。愛する人の死でメソメソしないで、誇りを持って前に進むその姿にはやはり感動。その誇りを自ら汚す覚悟を決めてサウナに入るシーンには胸が痛くなりました。ロッカーには、果たしてイグアスの滝に行くチケットが入っていたのか、それとも別のものか、観客に提示はされませんけど、吹っ切る決意のマリーナには中身は関係ないんでしょうな。オルランドとのことにケリをつけるための儀式だったのかも知れません。差別・中傷に立ち向かう姿勢を教えてくれる、価値ある一本。
んで、次は「今夜、ロマンス劇場で」
昭和35年、撮影所の助監督をしている青年が、馴染みの劇場で埋もれていた昔の名画に惹かれ、そのヒロインに淡い想いを抱いて繰り返し観ていたところ、ある日突然、そのヒロインが現実世界に飛び出してしまい…というファンタジックなラブストーリー。
巷では非常に評判が良い綾瀬はるか映画ですが…言いたいことが山ほどある作品でした。
以下、今夜ネタバレ劇場で


基本、映画愛に溢れる映画って、もうそれだけで俺は高評価しちゃうんですよ。「僕らのミライへ逆回転」とか「スーパー8」とか、中身や出来はともかく、作り手の映画愛がヒシヒシと感じられたら、もうオッケーなんです。
しかし本作、一見映画愛が詰まっているようで、それが実に中途半端。計算された映画愛というのか、「どうです?これでお年寄りたちにもウケるでしょ?」と計算されたかのような映画愛で、正直ずっとイライラしていました。おてんば姫設定は「ローマの休日」、お供を連れての冒険は「オズの魔法使い」、スクリーンの外に出るのはもちろん「カイロの紫のバラ」、白黒設定は「カラーオブハート」、柄本明と坂口健太郎の設定は「ニューシネマパラダイス」。ハンサムガイは、当然小林旭のマイトガイ(劇中ほんとにダイナマイトガイになっちゃうくだりは爆笑)。次元を超えた恋愛と、当事者が老齢で登場というのは「ある日どこかで」でしょうか。確かに色んな引用で楽しませてくれるのは良いんだけど、だったらロマンス劇場でかかる映画にも工夫が欲しかったよね。カサブランカと女王蜂の怒りって、本編と関連性ある?姫と令嬢の両天秤状態の牧野(これは勿論マキノ雅弘からの引用)がバーグマン?ギャング相手に暴れる久保菜穂子が綾瀬はるかなの?どうもシックリきませんよ。キャラ設定にツッコミ入れるのはヤボだから止めときますが、〈触れたら消えるルール〉は、予告編で見せるべきじゃなかったよなぁ。それ以上の展開が本編で無いんだから。今にも死にそうな加藤剛で泣かせにかかるのもアザトいし、はっきり言って好きにはなれなかった作品です。しかし、原作なしのオリジナル映画がこれだけヒットしてるってのは、嬉しい限り。だから応援はします!(笑)
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