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2017年12月29日22:02

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「あの人は今こうしている」ではないけれど。

85年勝利球捕った男が阪神園芸で土と戦う/コラム
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=4925362
渡真利克則と言えば、沖縄の興南高等学校で活躍し、3年生だった昭和55年の夏の甲子園でベスト8に進んで本塁打を放つなど右の長距離砲として注目を浴び、同年のドラフト2位で阪神タイガースに入団したことで知られていますが、あまり活躍できずにダイエーにトレードされ、NPB生活は8シーズンにとどまり、以降はセ・リーグの審判員(当時はセ・パそれぞれに審判員が所属していた)に転じて……と言うところまでは知っていましたが、健康上の問題で審判を辞めてセ・リーグ機構勤務を経て、阪神園芸に転職してグラウンドキーパーとなり、この道7年ですか。阪神タイガースの二軍本拠地である鳴尾浜球場の担当だそうですが、グラウンドキーパーとして野球に関わることができているとは、いい職場に恵まれているなと感じますね。
記事は、土の水加減に注意しているとしており、早朝、足で土を踏み、その軟らかさから土がどれだけ水を含むかを判断するのだそうで、「天気を予想して昼から雨なら水まきの量をやや少なくして、ほこりが立たない程度で終わる。水がいらない場合なら、昼からまこうとか」と言ったコメントから、野球選手経験者としての知見がその業務に活かされている様子が窺えますね。
甲子園球場と言えば、古くから水捌けの良さで知られており、人工芝やドーム球場全盛となって久しい(余談だが、来年(平成30年)で東京ドームが開場30周年となる)中、フィールドの整備の良さでの定評が続いているようですね。今年のクライマックス・シリーズでも注目を浴びたようですが、阪神園芸のHP
http://www.hanshinengei.co.jp/takumi/sat-also-alive/
で紹介しているように、その職務には細やかな気遣いがあるようですね。
さらに、記事では「阪神の球団史に残る名場面を彩っている」として昭和60年の阪神タイガース21年ぶりのセ・リーグ優勝を決したボールを一塁手として捕球したことが紹介されていますが、リーグ優勝が神宮のヤクルト戦、日本シリーズ制覇が西武球場(当時はドーム球場ではなかった)と、ともに首都圏の球場で決まったこともあって、東京の人間として結構親近感がありましたね。その投手ゴロを捕った一塁手がこの人が捕球していたとは初めて知りましたが、控え一塁手だったとは言え、結構ドラマチックな野球人生を送っていたのだなと思いますね。
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