寝ようとベッドに横になっていると、頭の中で「ニャー ニャー」と猫の鳴き声が聞こえて、ロシアンブルーのようなグレーの猫がこちらを見ているイメージが見えました。
猫好きなので是非とも仲良くなりたい…!
猫の考えていることを感じ取ろうとすると、梛ノ野に「猫がこちらに合わせてくるのを待て。その方が良い。」と言われました。
待ってみると、
「私はベル、よろしくね!」
猫が喋った!Σ(・∀・)
ベル「狐(=ひのわ)だって喋ってるじゃない」
ああ、うん、そうだった…けど、ニャーニャー言ってた猫が喋るようになると思わなかったんだもん(笑)
環「にゃんこお!」
ベルを抱き抱えて撫でようとして逃げられる、環さん。
ベル
「触られるのは好きじゃないの。触るのなら、こちらが気持ち良いと感じるところ(よく言われる、耳の後ろ、顎の下とかがそうらしい)にポイントを絞って触って欲しいわ。
“触りたいから触る“じゃなくて、こちらにもメリットのある撫で方をして欲しいのよ。」
こんな感じで出会ったベルさんからのお話↓
***
人間ってどうしてわざわざ不愉快なことに意識を向けるのかしら?
ご主人もあたしのことを撫でていても、心ここに在らずってことが多かったわ。
「猫にはどうせ何も分からない」と思ったら大間違いなんだから。
「あたしといても心は違う方を向いているわ。ああ、また何か面白くないことを考えてるな。」ってすぐ分かるんだから。
「考えたくないのに考えてしまう」だけではなくて、わざわざ意識を向けていることが多いように見えるわ。
自分に関係ないことにまで、わざわざ怒りや不満に目を向けるような人間もいるわよね。
それって楽しいのかしら?そこから行動に繋げるわけでもないのなら、楽しいことや気持ちの良いことに意識を向ければ良いのに。
もっと意識的に(心も含めて)快適さを追求した方が良いのではないかしら。
それと、「猫は気まぐれ」って言われているの?
人間だって、そちらの都合で構ってきたり、構わなかったりするじゃない。
同じこと。お互い様よ。
***
ベルさんが喋る前の感覚を少し感じ取って思ったことなのですが、他の存在や周りのものとの感覚的な境界が薄いような感じがしました。
人間は言葉を使うことで周りのものを明確に線引きしているし、何かを見た瞬間、それが何であるか、どのようなものか、誰のものかといったことをカテゴリ分けするような思考が働く。
動物にはそういった線引きなく純粋に感覚だけで感じ取っているから、飼い主の気持ちを含めて、人には感じ取れないことを色々感じ取っているのかもしれないと思いました。
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