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2017年11月17日23:57

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PTAなんかだと問題児は「あの子は自閉症だから」と

そう言って深くは触れない場合も多々ある。

自閉症児本人はどちらを望んでいるのだろう?、善意の無視と、悪意のからかい。

学生時代に『アルジャーノンに花束を』を読んでから一貫したテーマとして持っている疑問だが、自閉症診断には知的な遅れを伴っている、逆に言えば知的な遅れを伴っていないのならば自閉症ではない。

知的な遅れには『常人であれば口にするのも憚られる卑猥な単語を繰り返し声に出す』とした症状を持ち合わせている場合もあり、それは言葉の意味を理解できないからに他ならないのだが、重い場合には成人してからも症状は続く。

隣にいる友人の発する単語の数々に 赤面し一緒に並んで道を歩くのが憚られる、そんな友人を心の底から喜んで持ちたがるものだろうか?。

それは『差別』ではなく『区別』と呼ぶべき羞恥心の発露でもある心情であるのだが、差別を恐れ差別主義者であると糾弾されることを恐れる剰りに、自らに嘘をつき自分の本心にさえ背くのであれば、『人間的な良心』とはいったい何なのだろう?。

友人の存在が重荷になりながら良心の呵責を覚えながら言葉の上だけで親しみを装い善意を繕うならば、(いつの日にか私は友人を虐待するかもしれない…)との危機感をつのらせ、善良な人々からも距離をおいた。



単なる燃え尽き症候群を気楽に気取ってみました、二度と顔を会わせたくない同級生がいます、誰か気楽にこの意見に肯定の意思を示してみせてくれ(笑)。




■声優・林原めぐみ、自閉症と診断され動揺するファンに「病名や診断は『未来』のためにある」とエール ブログ話題に
(キャリコネ - 11月17日 20:21)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=4864302
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