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2017年10月19日14:40

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とある居酒屋のはなし・7

「おっひるごはんの じっかんだぞー。ほらチビ姉ちゃん、チビ姉ちゃんのご飯作るぞー。」
ステテコ姿の男が、台所でせわしく作業している。
今日は、みんな出かけていてステテコ姿の男とチビ姉ちゃんしか居ない。
そんな夏休みのお昼だ。

「お父さん、なに作るのー?」
「ん?今日はチビ姉ちゃんの大好きなのだよ。」
「何だろー?」
「出来てからのおったのしみー♪」
醤油とお酒で手際よく作ったタレにつけ込んだ鮪を、炊きたてのご飯の上に乗せる。
鮪から流れ落ちたタレが、鮪の脂身と共にご飯に染みる。
ズケ丼だ。

「その代わり、お吸い物はインスタントだぞ?」
「永谷園?」
「あったりー!」
即席のお吸い物に三つ葉を散らせて、完成。

「いっただっきまーす。」
ちゃぶ台で元気よく手を合わせる親子。
ズケ丼を搔き込む。
「フハ、フハ、うめーな、チビ姉ちゃん。」
「うん、おいしいよ!」
「チビ姉ちゃん、鮪大好きだもんな。」
「うん、アタシ、大きくなったらまぐろ捕まえる人のお嫁さんになる!」
「うーん、それはお父さんとしてはちょっと複雑な気持ちだなっ。」
「でも、まいにちまぐろ食べられるよ!」
「捕まえる人は、そんなに毎日鮪は食べないかも知れないね。」
「じゃあ、何食べてるのかな?」
「んー、何だろうね。でも、チビ姉ちゃんみたいに毎日お菓子は食べないな。海にはお店が無いもんね。」
「えー、つまんなーい。」
「じゃあさ、チビ姉ちゃんだったら『海に何か一つだけ持っていって良いよー』って言われたら、何持ってく?」
「えー、じゃあアタシは…、セブンイレブン!」
「あー、ね。」
「セブンイレブンがあったら何にも困らないよ!」
「そうだね。でも、セブンイレブンはお船に乗らないね。」
「そっかー。」

あっという間に完食する二人。

「ごちそうさまでしたー!」
「午後はプール行くんだろ?」
「うーん、あたしはおうちで本読んでる。」
「そっか、じゃあ、お父さんと一緒にお留守番だな。」
「うんっ!」
「じゃあ、お父さんは野球でも見ようかな。」

30分もしないうちに、野球を見ることも本を読むことも無くスヤスヤと昼寝する二人。
いつも通りの親子の光景だ。

それから、随分時は流れた。

「紫はさ、ズケ丼とか食べる?」
「何でまた唐突に。」
「いや、今日のシメとかに食べたいんじゃ無いかなー、と思ってさ。」
「だって俺、米禁止なんじゃないの?」
「誰も無制限に米食って良いなんて言ってないから、このデブ。」
「ですよねー。」
「嫌なら良いけどさ。」
「や、食べます。食べますよ。」
「ん、じゃ、分かった。今から仕込んでおく。」
姐さん、後ろの壁をスライドさせる。
この店にそんな装置がついてたことに驚いた。壁をスライドさせると、更にスライドする棚が何重かになっていて、そこにはいろんなプロ仕様の厨房器具や食材が並べてあった。
「わ、その壁ってそんな事になってたの?」
「内緒だよ、みんなには。アタシ、包丁使えないことになってンだから。」
そう言って笑う姐さん。
良く切れる包丁で、見事に鮪の柵をスライスする。
「鮪はさ、切り口がスパってしてないと嫌じゃん。いくらズケでもそこはやぱり、ね。」
切った端からタレの入ったボウルに鮪を入れていく。
いつも飲み物を作る手際が異常に良いことは知っていたが、これは驚いた。
「さ、これで1時間も漬けておけば、ズケ丼食べられるよー。良かったね、紫。」
そう言ってボウルを冷蔵庫にしまい、包丁を元の棚に戻した。
「姐さん、料理は苦手とか言ってたけど、ホントは何者?」
「何者って、『峰不二子です』とか言ったら納得するの?」
「あー、ガーターベルトにピストルとか隠してるんだ。」
「隠してませんよね。」
そう言って、レモンサワーを飲み干す。
「くはぁ。うめーな、どうも。」
一呼吸置いて、姐さんは言った。

「たまにはズケ丼食べたくなるじゃん。だけどそのかわり、お吸い物は永谷園だかんね。」
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