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2017年09月13日01:38

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非常時にも呑気な霞が関

やっぱり災害現場というのは、逸話と教訓の宝庫だと感じる。
11日、NHKの震災特集でやってた話を、忘れないうちにメモ。


農水省の職員が石巻に帰省中、震災に遭った。
職員は直後から石巻市の災害対策本部の一員となり、本省に被害状況や要望を直接伝える役として働いた。
とにかく水と食料が絶対的に足りず、それらの確保・供給が喫緊の課題だと訴えた。

そして本省から届いたのは、炊いたご飯をいっぱいに詰めた段ボール数百箱。
…食器はおろか手を洗う水すらない中で、どうやって配って食うんだよ!
もはや無用の長物。泣く泣く廃棄した。
改めて、本当に必要なのはあれとこれと・・・と具体的に知らせ、次に届いたのは!
なぜかまたしても、炊いたご飯をいっぱいに詰めた段ボール数百箱…。

ほんと、悪い冗談のような話。
米がない、水も電気も火器もない、じゃぁ米があってもご飯が炊けないねってことで大量のご飯、という発想?
せめておにぎりにしてラップに包むとか…。いや、配る手段も人手も乏しい中、そもそも日持ちしないものを送るのは駄目。石巻市の広さを、千代田区ぐらいの広さと思った?

全国から選ばれた俊英たちの集まりにして、これですよ。これが霞が関という所なんですね。
それとも、古くなった備蓄米を処分するのにちょうどいいわい、なんて考えたんじゃ、などと勘ぐってしまったり。
どうにもできない大量の飯が届いた時、石巻市の災害対策本部の人たちは、さぞ国に絶望したことだろう。
その後の国のいう「復興」とやらが、その延長にあるとしたら?

いやきっと、この農水省の話は、特別にひどくて駄目な話なんだよ。きっとそうだ。まさか、霞が関全体がそのレベルだなんて。
でなきゃ、そんな無能政府に税金なんて払ってられないよ。

そういえば、合併で広大になった石巻市の避難所を一か所ずつ歩いて、まず避難者がどこに何人いるのかといったごく基本的な情報を集めたのは、役所ではなく日本財団の人たちだった、っていう話もあったな。役所が全然把握できてなくて。
震災時、日本財団はほんとよく動いた。日本財団が日本政府だったら喜んで税金払うのに、とすら思った。


番組では「当時、農林水産省の職員だった○○さん」と紹介されていた。てことは今は辞めてるのか。
それについては触れらてなかったけど、辞めた理由、なんとなく想像できる。

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