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2017年08月11日13:22

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 【質問】 フィンランド到着後,ハンガリー義勇兵大隊はどうなったの?(下書き)

 【質問 kérdés】
 フィンランド到着後,ハンガリー義勇兵大隊はどうなったの?

 【回答 válasz】
 ハンガリー義勇兵大隊はラプア Lapua にて4分割された.
 同地は外国人義勇兵の訓練センターだった.
 同センターにおいて,彼らは再度軍事訓練を受け,スキーと冬季戦を学んだ.
 (写真1)は義勇兵大隊のシェレッシュ・ラヨシュ Seress Lajos 上等兵.
 上腕部にSISUという盾章をつけているが,これは義勇兵大隊の兵士であることを示している.
 (写真3)はスキー行軍の訓練中の義勇兵大隊.

 ところが1940.3.12,モスクワにおいて和平条約が調印される.
 結局,ハンガリー義勇兵大隊は実戦に参加せぬまま,冬戦争は終わったのだった.

 3月31日,マンネルハイム元帥がラプアのハンガリー義勇兵大隊を訪れた.
 彼は義勇兵に感謝の意を表明し,ケーメリ=ナジ中尉を大尉に昇進された.
(この昇進は後にハンガリーにおいても通用した)

 4月17日から5月19日まで,ハンガリー義勇兵大隊はラップランドのカレリアで新しい国境の警備任務に就いた.
 5月20日,大隊はトゥルク Turku 到着.
 同地ではハンガリー人将校にフィンランドの白色十字勲章が授与された.

 トゥルクからは汽船で当時ドイツ領,現ポーランド領のシュテッツィン Stettin に到着.
 ドイツ兵に護衛された特別列車でドイツ領内を通過して,5月28日にブダペシュトに到着し,テレキ・パール首相らの出席する歓迎式典に臨んだ.
 出発からフィンランド到着までは約2か月もかかったが,同国からの帰国に要したのはたった8日だったことになる.
 この復路の費用はフィンランド国防省が支払った.

 一方,個人的に参加したハンガリー人義勇兵は,その後もフィンランドにとどまり,1941年〜1944年のいわゆる「継続戦争」でもフィンランド側で戦った.
 また,ラーツ・イシュトヴァーン Rácz István は冬戦争では戦場写真家として従軍したが,継続戦争では義勇兵として参戦.
 同時に週刊誌「Suomen Kuvalehti」に多くの写真を投稿した.
 (写真2)は,彼の写真の中で最も有名なものである.
 彼は後に,自身の経験と写真を,本にして発表.
 その数は数冊に及ぶという.

 【参考ページ Referencia Oldal】
http://live.warthunder.com/post/455504/en/
http://index.hu/documents/kulfold/hungarianvolunteersbook.pdf
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