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2017年08月06日23:21

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ドラクエ11 怒りのお父さん 9日目 ネタバレあり

累計72時間。裏面のクエストを順調に消化中です。廃墟になったイシの村を復興するためにエマがこれまで登場した「商人」「覆面」「情報屋」を連れて来いと。覆面の捜索先でこれまで登場した覆面レスラーが敵の手先となってそろい踏みの再登場。絵的に素晴らしい!これは倒すも、ボスの蜘蛛怪獣に全滅くらう。とほほ。

クエスト「カマで刈り取れ美肌のクスリ」でヒントは「ユグノア地方の西のキャンプ近く」とのことだったので、ユグノア城跡の西側を空から長時間捜索するもキャンプ場がどうしても見つからない。
おかしい!?
結局、ユグノア城跡そのものがユグノア地方の西部なわけで、城の北東のキャンプ場の近くのスポットが正解の場所でした。ぐぬぬ。かなり時間を無駄にした。
これはヒントが悪い!

表面で買いそびれていたネコスーツを買いにダーハルーネに行くも、例の兄弟はもう別のスーツを売っていて、ネコスーツは売っていない!
どうすりゃいいんだ!
最初からやり直さねばならんのか!!!!

フォト
ジャックポット100万枚2回目。
ルーレットでジャックポットを出せというクエストがあったのと、剣強化のレシピとか欲しかったので100枚ルーレットに挑戦。ルーレットは全部のマスにかけてればどこに来てもプラスマイナスゼロで延々と続けられる(実際には宝箱のマスがあるので、そこにも賭けてれば100枚づつは損していくのだけど)。30分くらいでジャックポットでました。
ちなみにルーレットは全部のマスに賭けずにいくつか中途半端に賭けないマスを作ると、高い確率でハズレになります。全部に賭けましょう。

すれ違いがちょっとだけ順調になってきた。発売当初よりもプレイヤーが増えてるということだろうか?プロフィールがいい年の人ばっかりでマジで10代がいない。これはスクエニすら想定していなかった恐ろしい事態になっているのではないかと他人事ながら不安になる。
現在の発売ペースだと子どものころにドラクエ未経験のままで育つから、高校生くらいでドラクエ初体験ってダサいんだろうな。
もうドラクエはおっさんゲーム確定。


裏面に入ってフィールド曲がドラクエ3のフィールド曲に変更される。懐かしいね。この曲は鴻上尚司さんが詩をつけたものがあって、一時期はカラオケでも歌えたのだが私しか歌わないのでとっくに落ちた。当時はカセットテープで買ったんだな。歌を買うというのはレコードかカセットテープというのが選択肢という時代があったんですよw

たぶん鴻上さんよりも私のほうが上手いw
「どこかで」の部分がすごく難しい。
フィールド移動中はこの歌詞がリフレインしてるのです。
これオールナイトニッポンで募集された歌詞だというのは初めて知った。鴻上さんは自分で作詞しなさいよ!プロでしょ!


今回の話をFF6のパクリとか書いてる人がいたんでちゃんと書いておきますが、ドラクエの物語って源氏物語や伊勢物語にみられる「貴種流離譚」と呼ばれる日本の物語の代表的なパターンなのです。以下ウィキより。

>貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)とは、物語の類型の一種であり、折口学の用語の一つ。若い神や英雄が他郷をさまよいながら試練を克服した結果、尊い存在となるとする説話の一類型。貴種漂流譚(きしゅひょうりゅうたん)とも。折口信夫が一連の「日本文学の発生」をめぐる論考のなかで、日本における物語文学(小説)の原型として論じた概念である。その説くところは時期によって細部が異なるが、基本的には「幼神の流浪」をその中核に据える。
>神話的英雄の苦難の冒険の物語については、ギリシア神話や日本の神話にも例が見られ、「高貴の血脈に生まれ、本来ならば王子や王弟などの高い身分にあるべき者が、『忌子として捨てられた双子の弟』『王位継承を望まれない(あるいはできない)王子』などといった不幸の境遇に置かれ、しかし、その恵まれない境遇の中で旅や冒険をしたり巷間で正義を発揮する」という話型を持つものがある。
>これら神話をモチーフにしたさまざまな派生・創作作品についても、貴種流離譚と表現することがある。
>大塚英志の著書『物語の体操』では、以下のように定義される。
1.英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
2.彼の誕生には困難が伴う。
3.予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
4.子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
5.子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
6.大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
7.子供は、生みの父親に復讐する。
8.子供は認知され、最高の栄誉を受ける。

↑爆笑レベルでドラクエ11まんまですが、要するに私たち日本人はこういう話が大好きなので基本パターンとして使われ続けているだけの話です。
欧米でドラクエがいまひとつ受け入れられないのは、この日本的な物語のなせる業ではないかとも。

また今回のベロニカの復活は私たち仏教徒の日本人には慣れた感動展開ですが、キリスト教圏である欧米では「人が死ぬのは神の定めた宿命なのでそれをひっくり返してはならない」という不文律があってぶっちゃけ「復活は悪いこと」なのです。
前期アニメ「正解するカド」は「幼年期の終わり」という海外のキリスト教圏で書かれた古典SFを大元ネタにしていますが、幼年期の終わりでは宇宙人(=神)が与えてくれるものをどんな犠牲を払っても受け入れることが正しいという話で、わずかな子供を残して人類は滅びる話です。これは神の意思だから受け入れるのが正しいと。劇場版のエヴァで最後にアスカとシンジの二人っきりの世界になってしまうのはこの幼年期の終わりのオマージュでもあるわけですが、私たちはキリスト教徒ではないのでポカーンです。
春に公開された映画「メッセージ」は幼年期の終わりの直系作品で「正解するカド」との類似が指摘されましたが、この2作はどちらがパクったとかいうわけではなく元ネタが同じなのですね。
メッセージでは未来に訪れる娘の死(=試練)をあらかじめ知ってしまっても、それを受け入れて絶望することなく生きていかねばならないという話。要するに高貴な話ですな!
対して正解するカドは宇宙人(=神)の試練(=トンデモ要求)を拒否して宇宙人とのハルマゲドンにトンチ勝利するという展開。要するにマンガですな!
正解するカドは元ネタが幼年期の終わりだと気付いた瞬間にあの人のよさげな宇宙人がこれからどんなトンデモ要求をしてくるだろかと楽しみにしてました。

というわけでベロニカの復活もマンガなのであって、物語的に素晴らしいわけではないと。

というわけで、発売前には何の興味も示さなかったのに親が楽しくドラクエやってるのを見て自分もやりたくなって妻のドラクエを奪い取ってプレイしている高3の次男と話の合わないことはなはだしいというのが今日のオチ。光のお父さんみたいに、同じゲームやってるというだけで話なんか合わんわ!
長男は今日「も」けもふれのイベント。絶望的に話が合わない。

>『ドラゴンクエスト』初代から『III』までPS4/3DSで配信決定!
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=47&from=diary&id=4704859
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