■開成の校長が世の母親たちに問う「思春期の男の子が吠える“うるせぇ”の意味」
(週刊女性PRIME - 05月15日 17:11)
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家庭内では模範的な≪いい子≫の中学生でした。
振り返ってみれば、確かに思春期は情緒的に安定しないし、
自分でも原因不明のイライラに身の置き所がなくなった経験はありました。
家庭内での≪いい子≫の反動として、学校内外では喧嘩っ早いワルでした。
生傷の絶えることがなく、
家で姉たちに怪我の理由を聞かれても「ふざけてた」と答えてました。
それが高校に入ると一変したように思います。
教師たちが僕に敬語で話すのです。
思春期後期の僕にはこれが衝撃で、
「オレも大人にならんとアカンな」と思ったものです。
喧嘩に明け暮れていた中学生が、高校1年の5月に、
クラスの男たちから「○○、キミは太宰を読んだか?」と訊かれ、
それまで太宰治の名前すら知らなかった自分を恥じて、
さっそくその日に本屋で太宰を買い、読みました。
しかし選んだ本が悪かった、「人間失格」だったのです。
女の腐ったような葉蔵の人格には本能的に反発を感じ、
太宰の、いつも息を切らしているような句読点を無視した軟弱な文章も、
神経に縋りついて読む者を引きずりおろす執拗な表現も気に入りませんでした。
要するに、多感でピューリタンな少年時代の僕には、
太宰の作品はとても≪芸術作品≫などと呼べる代物ではなく、
単なる≪汚物≫としか感じられませんでしたね。
決定的に太宰を忌避するきっかけになったのが、彼の言葉:
「選ばれたものの恍惚と不安」という独白で、
これこそ「問うに落ちず語るに落ちる」の典型だと納得し、
それとともに一層太宰が嫌いになりました。
たかが青森県の素封家の家に生まれ、東大を出たぐらいで
そんな大層な口が利ける神経の粗雑さ・鈍感さにお里が知れ、
人間としての≪底の浅さ≫を感じないではいられなかったからです。
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