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2017年05月12日00:38

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ベートーヴェン 運命

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第5番ハ短調作品67「運命」
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
NHK交響楽団


かんち自身の解説

2回連続で、ベートーヴェンがメインを飾ることになります。しかも、2回連続でスクロヴァさんの指揮です。

実は、前回の第11回は第九にするか、運命にするか、はたまたブルックナーにするかでさんざん迷ったのです。運命にするほうが様々な作品が並べられますので。しかし、さすがにスクロヴァさんだけで並べるとなると、意外に選曲が難しかったのです。そのため、前回は第九に落ち着きました。

しかしながら、スクロヴァチェフスキと言えば、ベートーヴェンは全集を出していますし、ブルックナーも精力的に取り上げた人でした。そのため、古典派の伝統というテーマに、じつは今回スクロヴァチェフスキ追悼第2回の意味合いを込めて、メインを運命にしたのです。しかも、オケはN響。

様々言われますN響の、さすがドイツものは本番に強いという側面を、十分に味わうことができるかと思います。


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さて、2枚目が、ベートーヴェンの「運命」。まず、第1楽章は冒頭圧倒されます。少し早めのテンポですが、フェルマータ部分は伸ばしています。それでも、近衛さんと比べますとちょっと短いかな・・・・・でも、最近の演奏の中ではきちんと伸ばしているほうだとおもいます。だからこそ、速いテンポが逆に緊張感となって迫ってきます。

このあたり、なぜベートーヴェンがフェルマータをおいたか、だと思うのですね。ピリオドですとどうしても音が伸びない。ですから、ここは絶対に伸ばしてくださいねという意味でベートーヴェンはフェルマータをつけたのだとわたしは思います。ですから、モダンであれば、やはりかなり伸ばさないと奇異に感じるのだと思います。実際、ピリオドですとそれほど伸びなくても奇異に感じません。それでも、もう少し伸ばして欲しいと私などは思ってしまうのですが・・・・

ということは、もし今ベートーヴェンが生きていれば、昨今のフェルマータを伸ばさない演奏には、激怒するかもしれません。そんなことを教えてくれる名演ですね。この部分だけでも、スクロヴァチェフスキの譜読みの深さを感じます。ただ、N響はほんの少しだけですがアンサンブルが崩れてしまっていますが・・・・・ただ、問題になる程度ではないです。すぐそれは修正されています。

繰り返しをきちんとしており、私好みです。実は、私は繰り返しはできるだけして欲しい人でして・・・・・まあ、しなくてもかまいませんが、しないでフェルマータも伸ばさないってことになると、ちょっとなあって感じになります。そんなに急いでどこへ行く、って感じです。桃鉄のキングボンビーのように「フェルマータへよっていけ!それまでは毎月2億円徴収するぞ!」といいたいところですね(すみません、ゲームネタで)。

第2楽章はうって変わって、ゆったりとしたテンポです。それでいて緊張感がみなぎっています。スクロヴァチェフスキの指揮はもっと聴きたくなりますね。この楽章も昨今は急いで演奏してしまうものが多い中で、私は親しみを持ちます。金管が歌う場面がありますが、実はそこで弦はかなり急いだパッセージなのです。これこそ、モーツァルトでも言及しましたリズムとメロディのバランスのよさなのです。そこをあまり急いでしまうと目立たなくなってしまいます。それはこの曲のよさを私は殺している、そう思います。

メリハリも利いていて、テンポ的に驚く部分もありますが、これほど充実した演奏を聴くのは、私としては小澤/サイトウ・キネン以来です。うーん、この人の指揮はもっと聴いてみたい・・・・・本気でブルックナー・チクルスを彼の指揮で欲しくなりますね。勿論、ベートーヴェンも。

さて、そうなりますと期待したいのが第3楽章と第4楽章なのですが、第3楽章も昔風のいいテンポで入りましたね。指示はアレグロですが、だからといって急すぎてはいけません。このあたり、とてもいいテンポ感覚をお持ちですね、スクロヴァチェフスキは。それにここでは完全にN響もアンサンブルが復活し、生き生きとしています。ただ、繰り返しがないのは残念なところ。ただ、それは演奏自体を決して貶めるものになっていません。いい緊張感がみなぎっています。もしかすると、スクロヴァチェフスキは昨今の演奏に対するアンチなのかもしれません。

それは、第4楽章のファンファーレで顕著です。充分に金管を鳴らし、その上でゆったりとしたテンポで入ります。私はもう少し速いテンポが好きなのですが、それでもまったく不満ありません。かっちりとしたすばらしいアンサンブルを聴くことができますし、それが胸に迫ります。海外オケだけがいいんじゃないぜ!って思います。

この第3楽章と第4楽章は徹底的に繰り返しがないですね。それは実は近衛さんとまったく同じであるということに気づきます。スクロヴァチェフスキの信念をここで聴くことができるように思います。モダンの演奏はいかにあるべきか・・・・・考えさせられます。性能がいいということをどのように捉えて、表現するか・・・・・これは、恐らく21世紀を生きる私たちに課せられた命題なのかもしれません。ピリオドの演奏を知った、この世代の責任として。

そんな思いを抱かせる、すばらしい演奏です。名演、と言っていいのではないでしょうか。
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