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2017年04月11日17:05

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4/8〜4/10三浦半島・横須賀の旅

一泊二泊で、中学(神奈川県相模原市立大野南中学校出身)のクラス会があり、皆と三浦半島・・横須賀を旅してきた。4/9午前9時、小田急線相模大野駅に集合、三浦半島をめざす。
京浜急行・三崎口で待っている一人と合流して、城ヶ島に向かった。城ヶ島は三浦半島最南端にあり、周囲4kmで神奈川県最大の自然島。
中学の時に皆と一緒に、サイクリングで城ヶ島を訪れたことがあり、懐かしい場所だ。
相模原は大層な距離で、帰りは真暗になってしまった。幸いなことに、皆の自転車がパンクしないで機嫌よく走ってくれて、自宅に戻ることができた。

大正時代に、北原白秋の「城ヶ島の雨」が評判を呼ぶと、ロマンの島として全国に名を知られるようになった。雨は降る降る城ヶ島の磯に・・・「城ヶ島の雨」は白秋が三崎滞在時の1913年に演出家・島村抱月の依頼で作られた。鎌倉時代、三浦半島一帯は三浦氏の支配下にあり、城ヶ島は三浦水軍の本拠地であった。戦国時代、相模三浦氏として再興していたが、1516年に北条早雲によって三崎城が落城、滅亡した。
城ヶ島公園の駐車場から、島東端にある安房崎灯台まで行って戻ってきた。雨がパラパラしていて風もあった。釣客もいたが、波が荒かったようで、あまり釣れていないようだった。
泊まりは、三浦市南下浦町にあるオーシャンリゾートホテルの「マホロバ・マインズ」だった。電車では京急三浦海岸駅から歩いて6分のところにある。全室オーシャンビューで、三浦海岸
が一望できた。素晴らしい場所・居心地のいい場所という意味の日本の古語「マホロバ」からとっている。地下1500mから湧き出る温泉で、ゆったりとした。

4/10は雨も上がって、いい天気になった。久里浜にある「くりはま花の国」を訪れた。途中に桜並木があり満開だった。ポピーが咲き乱れており、ネモフィラのブルーの花もきれいだった。「ネモフィラ」は、ムラサキ科のネモフィラ属に分類される植物の総称で、北アメリカ原産の一年草で、和名を瑠璃唐草という。茨城県にある国営ひたち海浜公園のネモフィラが有名だ。横須賀市中心部にある、「どぶ板通り」を散策した。
全長300mほどの商店街で<スカジャン>の発祥地として有名。第二次大戦前、この通りには道の中央にどぶ川が流れていたが、人や車の通行に邪魔になるため海軍工厰より厚い鉄板を提供してもらい、どぶ川に蓋をしたことから「どぶ板通り」と呼ばれるようになったという。
横須賀になじみのある有名人47人の、手形レリーフがモールに埋め込まれていた。
王貞治・安田伸・阿木燿子・日野晧正・原信夫・森下洋子などなど。

汐入ターミナルに行って、横須賀軍港めぐりをしてきた。11:00〜11:45。大人1400円。
横須賀港は、今から160年前の嘉永6年(1853)米国ペリー艦隊の黒船が、浦賀に来航して以来
海軍港として発展してきた。アメリカ海軍や自衛隊の艦隊を間近で見てきた。
アメリカ海軍横須賀基地では、第7艦隊に所属する航空母艦「ロナルド・レーガン」全長333m
10万3千トン・搭載機90機・乗組員最大で6500人。それにミサイル駆逐艦(イージス艦)ミサイル巡洋艦といった軍艦があった。この基地では2万人が暮らしているという。今、朝鮮半島
に向かっている米原子力空母「カールビンソン」は全長333m、艦載機60機以上という。
海上自衛隊横須賀基地は総数34隻に達し、最新鋭DDH「ひゅうが」が配備されている。
呉と共に潜水艦があり、砕氷艦「しらせ」や特務艦「はしだて」といった特殊任務に就く艦艇を擁している。なお、海上自衛隊五大基地といえば、横須賀・呉・佐世保・舞鶴・大湊である。
京急・横須賀中央駅で解散となり、黄金町駅で降りて横浜を散歩した。大岡川沿いに700本の
桜が植えられており、ちょうど満開で見事だった。ここは2002年9/15〜9/24には「タマちゃん」と呼ばれるアゴヒゲアザラシが出現し、話題となった。伊勢佐木町から関内駅まで歩いた。

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