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2017年04月04日22:02

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◆ 「シルバー革命しようかと」  倉本聰さん

◆ 「シルバー革命しようかと」  倉本聰さん

【朝日新聞】 04/04 20:11
聞き手・佐藤剛志写真・図版



制作発表記者会見で、出演者の常盤貴子(中央後)から早くも次回作への期待を伝えられ照れ笑いする倉本聰(同前)=東京都港区
http://digital.asahi.com/articles/photo/AS20170404003267.html




 4月3日に始まったドラマ「やすらぎの郷(さと)」(テレビ朝日系)。

月曜から金曜の昼12時半から毎日20分間の帯番組で、中高年世代がじっくりと楽しめる「シルバータイムドラマ」をうたいます。

自らこのドラマ企画をテレビ局に提案し、全130話の脚本を手がけた倉本聰さん(82)に、作品に込めた思いなどを聞きました。





       ◇



―― 今回のドラマの想を得たきっかけは何だったのでしょうか?



 とにかく今、テレビのゴールデンタイムが悪くなっていますよね。

ゴールデンっていうのは、若者層をターゲットにしてずっときたわけでしょう、日本のテレビ番組は。

ドラマなんかは特にね。

それが若者がだんだんネットの方にいってテレビ離れを起こしている。

しかしテレビ局は若者を引き戻そうと若者向けのドラマばかり作っているから、年寄りは見ても面白くないんですね。



 一方、僕の周囲の年寄りは、だいたい朝5時半位にはもう起きちゃうわけですよ。

それで8時までやることがないってブーブー言っているんですね(笑)。

それじゃあ、その時間に、ゴールデンタイムに対抗する「シルバータイム」っていうのを作ったらどうかと。

それで今ドラマにも出ている(加賀)まりこだとか(浅丘)ルリ子ちゃんだとか、周囲の役者たちにも相談してみたんですね。

そしたらみんな「それ、やろうよ」「(脚本を)書いてよ書いてよ」って言うから、やりたいよねって話になってね。

ただでもいいから出るって言ってくれてね。

そうしてやっているうちに、こんなに大スターがいっぱい集まっちゃって、大仰なことになったんです(笑)。

ほんと奇跡的なことで、今の普通のゴールデンタイムだってこれだけの出演者で正規に組んだら予算がパンクしちゃいますよ。

むちゃなんですよね。

でもそのむちゃを最初から承知でやってくれることになったんです。




―― 当初から昼の帯ドラマを構想されていたのでしょうか?



 僕は本来は、朝の時間帯にやりたかったんですよ。

つまりNHKの「朝の連続テレビ小説」があれだけの視聴率をとっているでしょう。

だからあの時間っていうのは、中高年層は見るんですよ。

どうして民放はそこに目を向けないのか。

そして情報番組ばっかりやっていますよね。

どこを見たって同じ金正男(キムジョンナム)殺害とか森友学園騒動ばっかりやってるんだけど、そこでじっくりドラマを見ることがあってもいいんじゃないか、そういう習慣があってもいいんじゃないかっていう感じがあって、よしじゃあ「シルバー革命」をしようかって話になったのがスタートですね。




―― 全130話分の脚本を通常よりかなりハイペースで書かれたと聞きました。

そうさせたのは何だったのでしょうか?



 それはねえ、一つは早く書かないと僕の体がどうにかなったらいけないというのが一番怖かったですよね。

僕が途中で挫折したり病気になったりしたら、書き続ける人がいないでしょう。

若い人に委ねたってなかなか難しいし。

だから代筆屋や代書屋がいないんですよね、この作品には。

自分で書くしかないと思ったから、死ぬ前に急いで書いちゃおうと思ったんです(笑)。

そして4カ月間で130本を一気にバーッと書いたんです。

1日1、2本ずつ書いていましたから、(通常のペースに比べて)かなり早いですね。




―― 物語の舞台となる「テレビ界に貢献した人のための老人ホーム」という設定はどういう流れで生まれたのでしょうか?



 あのね、テレビを今やっている俳優さんっていうのは2種類いると思うんですよ。

テレビを利用して自分の名前を出そうという俳優さんと、テレビという媒体を通してお客さんを感動させようっていう人間とね。

僕は、自分がテレビを利用して有名になろうという人間の方が圧倒的に多くなってしまった気がするんです。

だから本当にいいものを作ってお客さんを幸せにする、感動させるっていうつもりでテレビを作っている人間っていうのは、昔はまだいたんだけれども、それがどんどん減っちゃったと。

(このドラマでは)そういう人たちを大事にして、その人達に報いるということを、かつてテレビで大もうけしたある人が考え出す訳ですね。



 それにはひとつキーがあって、大原麗子の死っていうのがあったんですよ。

亡くなってからすぐには見つからなかった。

数日たって発見される訳ですよ。

あの事件というのは僕らにとってものすごく心の痛い事件でしたよね。

つまり、テレビのため、お客さんのために一生懸命やった人間がああいう死に方をしちゃうっていう、それはテレビというものの使い捨てという面が目に見えた出来事だったと思うんです。

ですから、それをある種モデルにして、テレビで大もうけしたあるフィクサーがこの「やすらぎの郷」っていうのを作る設定なんですけど、僕の中には大原麗子の死、というのはありましたね。




―― 現実に「やすらぎの郷」のような施設があればという思いも投影されているのでしょうか?



 そうですね、ええ。

ジュリアン・デュヴィヴィエの映画で「旅路の果て」という作品があるんです。

要するに元俳優たちの養老院の話なんです。

それが頭の片隅にあったのも事実です。




 ―― 石坂浩二さんが演じる主人公の脚本家・菊村栄は、認知症の妻を亡くしてホームに入居しますが、これは倉本さんご自身を投影した人物なのですか?



 いや、これは違うんです。

僕は、女房は生きていますし、不倫はしていませんし(笑)。

まあ、書くと誤解されるだろうなと思って書いたんだけど、それは作家だからいろんなフィクションを作らなければならないから、大胆にそういう風に書いていったんですけど、あくまでも僕じゃあないです。

僕自身の体験はいっぱい書き込んでいますけどね。




―― それぞれの登場人物のセリフにもかなり思いがこもっているのではないでしょうか?



 まあ、この年だから、辛辣(しんらつ)にテレビを批判していますし、言いたいことを言っていますから、彼らもそれを言うことにためらわずに平気で言えちゃうから。

若い俳優だったら「こんなこと言っていいんですか」って話になるだろうけど、「あ、このセリフ言えるの」って、僕の責任において言いたいこと言っているっていう(笑)。

彼らも言いたいことはいっぱいあるわけですよね、それがシナリオに書いてあれば、彼らも喜んで言いますよ。




―― 倉本さん自身が年齢を重ねる中で、テレビやドラマというものはどう変化したと感じますか?



 本質を忘れちゃったって感じますね。

僕はほとんどテレビの草創期から関わっているでしょう。

草創期に言われたことは、テレビっていうのはお茶の間に入っていくものですよね、映画館みたいにお金を払って行くもんじゃなくて。

何でもないお茶の間に入っていって、そこには病人が寝ているのかもしれないし、赤ん坊が寝付いたばかりかもしれない。

だから居間ののれんをそっとあげて「おじゃまします」と言いながらこそっと入っていくもんだという教わり方をしたんですよ、テレビの初期には。



 でも今は「ギャー」って入っていくでしょ、遠慮なく。

だから思わずテレビを消しちゃうっていうのがありますよね。

やはり、テレビは一度そういう原点に戻るべきだと思うんです。

今は大威張りで、むしろ上から目線になっちゃって、たまにタレントが威張ったりしているでしょ。

ああいうのがほんとに嫌ですね。

僕らそんな偉い人間じゃないし、人の生活をいわば盗み見て、こういうことがあるな、ああ分かる分かるというところで留飲を下げるっていう。

そこに喜怒哀楽が加わって、一つの感動を生み出していくっていう、それがドラマですから。

それ以上のものではないと思う。

それ以下のものでもないし。




―― 今回のように、視聴者の年代など、対象を強く意識して作品を作られたのは珍しかったのではないですか?



 あのね、実は対象っていうのはあまり意識していないんです。

「老人の、老人による、老人のための」ってなんて言っているけど、もちろん老人のためだけれど、若い人が見ても十分面白いドラマを作ろうと思っていますよ。

ただ、出るのは老人(笑)。

若い人もいますけどね。




―― 老いや死といったテーマを扱いながらも、暗くならずに楽しさのあふれるストーリーにされているのが印象的です。



 このドラマは人間コメディーですよ、人間喜劇。

書いていて、結局描いているのは人間喜劇だなあというのは思いましたね。

それが面白いと思うんです。

それと、やっぱり視聴者の皆さんもかつて夢を抱いた俳優たちが老けて今の姿になっちゃっている。

若い頃の写真が出てくるんだけど、それと今の姿との映像の差ですよね。

なかには厚化粧しなきゃ出ないって人もいれば、すっぴんのまま出るっていう人もいるけれど、そこにそれぞれの生き様が出るわけです。

でも手を映すとシワだらけっていうね。

その面白さと残酷さですよね。

顔はメイクでごまかせるけど、手なんてごまかせないでしょ。

そういうもんですよね。

みんなそうなっていますよ。



 でも八千草薫さんなんて、いい年の取り方というか、今でも品のいい美しさがあるわけですよ。

いい年の取り方ってのもあるし、醜い年の取り方もあると思う。

哀れな年の取り方、喜劇的な年の取り方っていう、いろんな形があると思うんですね。

みんながどこかで死というものを意識しているわけでしょ。

もう眼前に迫っている。それはもうサスペンスですよね。




―― 全く新しいタイプのドラマですが、改めて見どころは何でしょう?



 あのね、これはオーバーに言うと、環境問題まで含めて考えているんです。

環境問題の大きな点には、人間の生活が狂ってきているということがあるんですよ。

本来、太陽が上がったら人間は起きて、太陽が沈んだら寝るべきなんですよ。

太陽ってだいたい朝5時半から6時位にはあがるんです。

ところがみんな7時位まで寝ているでしょ。

夜は6時半位には日が沈むんだけど、それから夜10時、11時とずっと起きているでしょ。

この間ずっとエネルギーを消費していますよね。

だからね、環境的に一番正しい生き方っていうのは、お天道様に合わせることなんですよね。

老人ってそれに合ってくるんですよ。

夜のゴールデンと言われている時間は、むしろ人間が寝なきゃいけない時間なんですよね。

だからそこのところも考えると、地球環境的にも正しいドラマでしょ(笑)。




―― ドラマの脚本はまだまだ書いていかれますか?



 いや、分からないですね。

これは分からないです。

頭はさえていますけど、でも体が続かないからね(笑)。

 (聞き手・佐藤剛志)






■ 「えっ石坂さん出るの?」浅丘ルリ子さん


 「やすらぎの郷」の住人で、かつて爆発的な人気を誇った俳優・白川冴子を演じる浅丘ルリ子さん(76)に、作品について聞きました。





       ◇



―― 昨年10月に撮影の始まったドラマがいよいよ公開となりましたが、今のお気持ちは?



 いよいよという感じが全くないんですよ。

台本にもまだ付箋(ふせん)がついていて撮れていない場面もたくさんあるし、まだ長いセリフのシーンや大変なところも残っていますから。

例えば、やすらぎの郷にあるバー「カサブランカ」でのシーンでは、私と兵ちゃん(石坂浩二、本名の武藤兵吉から)2人の場面もありますし、5、6人のものもありますし、まだ撮ったっていう気が全然ないんです。

だから「えっ、もう放送して大丈夫なの?」って。

どんどん先に行って1週間なんてすぐたっちゃうから。

最後まで撮るのに7月まではかかると思っているので、もう始まっちゃっていいものかと心配なんですよ。




―― 通常の連続ドラマでは撮影が早朝や深夜になることもあります。

このドラマでは収録が朝から夕方までとなっていますが、その点はいかがですか?



 みんな高齢だからということもあるんでしょうけど、すごく考えていただいて、割と楽にやれています。

ただ今のところはそれで済んでいますけど、これから間に合わせるために、もしかしたら早くなったり遅くなったりということはあるかもしれませんけどね。




―― 白川冴子を演じる上で意識されたことは何でしょうか?



 白川冴子という役ですけど、結局ご覧になる方は浅丘ルリ子として見る方が多いんですね。

同じ女優の役だし、まだ女優をやっていますし。

だからその辺の兼ね合いがどう見ていただけるのか、その辺がちょっと心配で。

例えば、水谷マヤという加賀まりこさんが演じる人の悪口を、「あのばかやろう」とか平気で言うところがありますから(笑)。

倉本さんも2人の性格をよく知っていて、それをベースに書いてますから、私のちょっとしとやかなところだとか、生意気なところだとか、ちょっといい女ぶっているところだとか、いろんな部分を出してくださっているので、とてもやりやすいんですね。



 ただ、ストーリーでちょっと私自身だと思われると嫌だなと、例えば「1日に10万円使わないとダメなのよ」というセリフを倉本さんに、私がそうだと思われるの嫌だと、100円使うのだって10円使うのだって困っている人がいるから、そういうことを平気で言いたくないって。

全然別の(役柄の)人が言うならいいんですけど、私が普段言っていることのようにしてそういうセリフを言うのは嫌だからと、ちょっと変えてもらったことはあります。

そこは長いつきあいのなかで、倉本さんだから申し上げられるんですけどね。

すると「ああ、分かったよ。 じゃあ、こうしようか」って言ってくださって。




―― 倉本さんからは早くにドラマのアイデアを相談されていたそうですね?



 「こういうのがあるんだけど」って、この年代の人達だけのドラマだって言われて、「あ、面白いじゃない、いいわよ、やろうやろう」って、詳しいことは聞かなかったんです。

そうして台本ができてきたら、アレアレって。

「えっ、石坂さんが出るの?」って。

そうしたら「ああ言わなかったね」って(笑)。

聞かされていなかったの。

でも私は全然構わないんですけど、「ああうれしいわ」って思うくらいで。

久しぶりに共演できるわって。




―― やはり倉本さんの作品なら出たいという気持ちは大きいのでしょうか?



 倉本さんだったら昔からずっとやっていますし、気心は知れています。

倉本さんは、すごく話しやすいというか何でも聞いてくださるし。




―― 「シルバータイムドラマ」というアイデアはどう思われましたか?



 「それってすごく良いわね」って言ったんです。

今お年を召した方がちゃんと見られるドラマって少ないでしょう。

私達が見ようと思っても、夜8〜11時台は若い人達ばっかりのドラマが多いでしょう。

あんまり見たいという気がしないんですよね。

どなたが誰か、正直名前もぐちゃぐちゃになってしまいそうになっちゃって、そのうちに「ああ、もういいや」って。

例えば渡哲也さんとか、先日亡くなられた渡瀬恒彦さんとか、あの位の年代の人が出ていれば見ることもありますけど、出ている人が殆ど若い方ばかりとなるとちょっと見ないですよね。

きっと同じような感覚の方って沢山いらっしゃると思いますよ。

お年を召した方達のドラマがほんとにないんですよ。

だからそういう方達のためにこういうドラマはすごく珍しいし、老人ホームをテーマにしたドラマっていうのも少ないと思うんです。

ですから「これはすごい試みね」って、すごい皆さん喜ぶと思うわ。



 しかも、登場人物が知っている人ばっかりなんですもの。

若い子達に、八千草薫さん、有馬稲子さん、分かりますかね?

まあ、私のことだって20代の人が分かるかどうか、分からない人も多いでしょうから。

だからご高齢の方は、「ああ、昔見たな」とか、そういう懐かしい人が沢山いらっしゃると思うから、そんな女優さんが何人も出ていたらほんとに見たいと思うんじゃないかな。
 ……作業員 ハイ、ミタイデス




―― ドラマでは冴子の華やかな衣装も目を引きます。この点はこだわりがあったのでしょうか?



 私は舞台でもそうですけど、「お見せする」っていう感覚をいつも持つようにしているんです。

今度はましてや女優さんの役ですから、いくら老人ホームで普段着でいいって言われても、絶対私は普段着は着ない。

自分の家の中では部屋着と寝間着だけ、その時はすっぴん。

すっぴんの時は誰にも会わない。

トントンっていってすっぴんだったら「今ダメ、お化粧していないから」っていうのもストーリーのなかに書いてあるんですけど、まあ私、普段もそうです。

例えば、外に出る時はばっちりお化粧をしていきますし。



 見てくださる方達にも、私の衣装とかつけているものとか、そういうことも楽しみに見て頂けたらいいなという風に思っています。

そのためにもすっごく沢山お洋服をこしらえたんですね。

だからそれをもう、いつも舞台の衣装をやってくださる方がもう、ほんとに惜しみなくたくさんいい生地を使ってものすごくぜいたくに作ってくださっているんですね。

だから、そういう「目で見て楽しむ」ということも皆さんにご提供できたらなと思いますね。

シーンごとに変わりますんで、目に新しいと思うんです。



―― 老いをテーマにした作品でシニアの視聴者にも我が身に引きつけて見られる方もいると思います。

その点はいかがですか?



 私はいま76歳ですけど、役は78歳。

ふたつ上の設定なんですけど、まあ二個三個のあれじゃあどうってことはないんですけど、私、自分が老いているとはあんまり思わないんです。

何っていうんでしょう、体が丈夫っていうか。

例えば老いるっていうことはいろんなところが悪くなったりだとか、だんだん見えなくなったり耳が聞こえなくなったりだとか、腰が痛いだとかそういうものがたくさん出てきて、「ああ、やっぱりだんだん老いてきたわ」って感じるわけでしょう?

でも私、今そういう不便さというか痛さというか、そういうものが全くないから、ドラマでは「年だから」って言いますけど、実感はないんですね。



 例えば今年のNHK大河ドラマ(「おんな城主 直虎」)ね、これで私は寿桂尼(じゅけいに)さんっていう80歳前後まで生きたとされる方を演じているんです。

当時の80っていったら大変なことだったんですね。

それで(孫の今川氏真(うじざね)役の)尾上松也さんから「ばばさま、ばばさま」って言われるんですよ。

えっ、ばばさまって、私そんなの初めて言われたなって。

こういう世界にいるけれども、生まれてこれまで「ばば」になったことってないんですよ、おばあさんになったことは。

私は「おばあさん」っていう役が来たらやりませんから。

お母さんならやりますけど。

だから「ばばさま」っていうのは初めてですごい違和感があって、「何で私がばばなの? ばばじゃないよ、私は」って言いたいくらいなんですけど。



 まあこの役と「やすらぎの郷」とは全く違うんですけど、でも近いものもありますよね。

どちらも80近いし、兵ちゃんも81の役ですからね。

他にも八十何歳っていう役の方がいっぱいいるわけです。

だけど、皆さんほんとに一緒にいて全然老けていらっしゃらないんです。

気分がほんとに若いんです。

だからやってて楽しいんですよね。



 実感はないけれど、昔で言ったら76なんてほんとにおばあちゃんでしょ。

70超えていたらみんな「おばあさん、おばあさん」って言いますよ。

でもやっぱり、自分は自分で年をとっていないと思うから、そんなに感じていないんですよね。

だからそれを感じさせない、これだけ年をとってもこれだけの若さがあるのよっていうこともお見せしたいんですね。

だからテレビを見ている皆さんも頑張ってって。

自分で老いたとか老けたとか、そういうことは絶対におっしゃらないで。

「年だからもう」とか言わないで。

耳が遠いなら耳を近づければいいんだし、補聴器をつけてもいい訳だし。

だから私達が演じているのを見て、この人達もこんなに元気なんだから自分もそうありたいわって思ってもらえるように、やる方も元気にやりたいと思います。



 私は白髪も見せないですし、全部染めています。

お化粧もばっちりメイク。

ほら、こうやって年を取ってもきれいにメイクしていればちょっといいでしょって、そういうものをお見せしたいんですね。

帯ドラマですから半年やるわけでしょ。

そんな汚いものなんて見たくありませんってば。

マリリンも若い格好をしていますし、私は全部、作った衣装ばっかり着ていますから。

豪華なんですよ、ほんとに。




―― 作品の見どころはどこでしょう?



 そうですね、やっぱり4話目の最後で、女優のみんながバスから降りてくる場面ですかね。

かっこいいですよ、若い時の写真が1人ずつパッパッパって出てきて、あれはとてもいいと思うわ。

それで5話では兵ちゃんと抱き合うんですから。

ト書きで「二人、結構長時間抱き合う。 じろりと白い目で見るマヤ(加賀)」ってあるでしょ(笑)。

去来するものもありましたよ、だって離婚してから16年間、ずっとお会いしてませんでしたから。

だから本読みの時も、ああとても懐かしいなって。

久々に「兵ちゃん」って言って、色々とプライベートなことをお話ししたりして。その後もずっと、1回1回が本当に面白いので、ご期待ください。

 (聞き手・佐藤剛志)



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