◆ 埠頭で煙草ポイ捨て、中国人の闇ガイドが増えた理由 「不人気」言語になってしまった中国語
【JB press】 04/04
姫田 小夏
水平線の彼方に白い船が姿を現した。
船影が大きくなるにつれ、次第に輪郭がくっきりと形づくられていく。
中国・上海を出発して博多、鹿児島などをめぐるクルーズ船「コスタ・セレーナ号」である。
船が着岸するのは、鹿児島市の大型観光船埠頭「マリンポートかごしま」だ。
着岸が1時間後に迫ったマリンポートかごしまには、子ども連れの家族や高齢者が集まり始めていた。
近づいてくるクルーズ船に向かってオレンジ色の旗を振っている。
彼らは「おもてなし隊」の会員で、登録を行うとこのオレンジ色の旗を渡される。
高齢の女性は、「出迎えるのはこれで15回目」と言う。
13時の着岸が近くなるにつれ、周囲は慌ただしくなった。
次から次へと観光バスが押し寄せて来る。
整列して乗客を待つ大量の観光バスの姿は圧巻だ。
80台は下らないだろう。
● 埠頭に集結するガイドの正体は?
埠頭に集まったのは観光バスだけではない。
中国人の通訳ガイドも集まり始めていた。
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下船する乗客を待ち構える大勢の通訳ガイド
通常、日本の観光の現場では「通訳案内士」が活躍する。
通訳案内士になるには国家資格が必要だ。
試験に合格するためには、相当な時間を費やさなければならない。
しかし、目の前にいる中国人の通訳ガイドたちは、とても「プロのいでたち」とは異なる。
服装はだらしがなく、しゃがみこんでタバコを吸い、その吸殻を投げ捨てる者もいれば、背中を丸め、両手をポケットに入れてうろつく者もいる。
そうした姿を見て、筆者に同行した友人は「ガラが悪いなあ」とつぶやいた。
通訳を本業としている人はこの中に何人いるのだろうか。
業界に詳しい日本人の通訳案内士、Sさんによれば、「クルーズ船がやって来ると、プロアマ問わず九州全土から日本語を話せる中国人がかき集められます。 3000人を超える中国人客に対応しなければなりませんので、留学生にも声がかかります」という。
着岸を待つ間、そばにいた中国人の女性ガイドに話しかけてみた。
福岡から来たという。「ここに集まっているガイドさんたちは、資格のない人も多いんでしょう?」と尋ねてみると、拙い日本語で「最近はネ、みんな勉強して資格取ってるヨ」とあわてて切り返してきた。
とはいうものの、通訳案内士の資格者証を首にかけている者はほとんどいない。
現場にいるのは無資格ガイドばかりと見てよさそうだ。
● 地方都市には中国語の正規ガイドがいない?
いよいよ船が接近してきた。
その姿はさながら巨大マンションのようだ。
この日、コスタ・セレーナ号には約3500人が乗船していた。
ほとんどが中国人客である。
接岸すると、車いすの高齢者を先頭にタラップから乗客がどっと降りてきた。
その大勢の客をさばくのが、中国人の通訳ガイドの仕事だ。
鹿児島のような地方都市では、どうしても無資格の闇ガイドに頼らなければならない事情がある。
「地方には、正規の中国語の通訳ガイドがきわめて少ない」(前出のSさん)のだ。
そもそも正規の中国語の通訳ガイドは東京や京都などの大都市に集中している。
また、クルーズ船で訪日する中国人客は「格安ツアー」に参加しているため、通訳ガイドへの報酬はほとんど期待できない。
「地方に派遣されると、交通費が支給されないどころか、逆に食費、宿泊費を徴収されてしまうケースすらあります」(同)。
だから、地方に来て仕事をする中国語の通訳ガイドがいないのだ。
中国人の闇ガイドならば、客を“ぼったくり免税店”に連れて行くことで、報酬を確保しようとする。
だが日本人の正規ガイドにとって、そうした行為はご法度である。
● 「不人気」言語になってしまった中国語
日本で正規の中国語の通訳ガイドが不足しているという問題は深刻だ。
通訳案内士の合格者は約9割が英語の通訳者だ。
中国語の通訳者は約1割に過ぎない。
だが日本を訪れる2403万人の外国人客のうち約3割を中国人が占めている。
日本では明らかに「中国語需要」が高まっているのに、それに対応できる通訳ガイドがいない。
問題を突き詰めれば、中国語を学習する日本人が少ないという現実に突き当たる。
今日、中国語の通訳ガイドが不足しているのは、これまで日本社会が中国語を重視してこなかったことの“因果応報”だとも言える。
中国ブームに沸いた2000年代は、中国語の習得に将来の夢を託した若者も少なくなかった。
中国への留学生は日本人が最多を占める時期もあった。
しかし、2010年代に入ると、日中間の政治的冷え込み、日本企業の中国からの撤退などによって、中国語の人気は低下する。
中国語検定の受験者は、2010年の上海万博以降、尖閣諸島の領有をめぐって日中関係が悪化すると目に見えて減少してしまった(図参照)。
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中国語検定(1次試験)の受験者数(単位:人、日本中国語検定協会のデータをもとに筆者作成)
だが、日本に来る中国人旅行者は増え続けている。
その結果、増殖したのが“闇ガイド”だ。
闇ガイドによって正規の通訳ガイドの仕事が奪われている。
問題はそれだけではない。
観光名所の関係者からは、「中国人ガイドはいい加減な説明しかしない」という不満の声が聞こえてくる。
闇ガイドたちは日本の文化や歴史を正しく伝えられないため、“歪んだ日本像”が独り歩きしてしまっている。
安倍政権は「2020年までに訪日外国人観光客を年間4000万人に増やす」ことを目標に掲げている。
その目標の達成に「中国からの訪日客をさらに増やす必要がある」(旅行業界幹部)ことは言うまでもない。
今こそ「拙い中国語でも、日本人が日本を案内する」ことの意義を再評価すべきではないだろうか。
◇◇◇
姫田 小夏 ひめだ・こなつ
ジャーナリスト。
東京都出身。
1997年から上海へ。
翌年上海で日本語情報誌を創刊、日本企業の対中ビジネス動向を発信。
2008年夏、同誌編集長を退任後、「ローアングルの中国・アジアビジネス最新情報」を提供する「アジアビズフォーラム」主宰に。
語学留学を経て、上海財経大学公共経済管理学院に入学、公共管理修士。
「上海の都市、ビジネス、ひと」の変化を追い続け、日中を往復しつつ執筆、講演活動を行う。
著書に『中国で勝てる中小企業の人材戦略』(テン・ブックス)、共著に『バングラデシュ成長企業 バングラデシュ企業と経営者の素顔』(カナリアコミュニケーションズ)がある。
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