◆ あの芸能人は本当にゴリ押しされているのか トラブル続きの芸能事務所に募る不信感
【東洋経済オンライン】 04/04
木村 隆志:コラムニスト/人間関係コンサルタント/テレビ解説者
清水富美加さん、細川茂樹さん、山本裕典さんなど、今年に入ってタレントと芸能事務所の契約をめぐるトラブルが続いています。
それ以前から、のん(能年玲奈)さんやSMAPの騒動もあっただけに、一般層の芸能事務所に対する不信感は募る一方。
かつてはタレントに向けられていたバッシングも、最近は芸能事務所が標的になるケースが増えています。
なかでも多いのは、「ゴリ押しするな」というバッシング。
特に大手芸能事務所への「特定のタレントばかり推すな
」 「実力や需要のないタレントを押し売りするな
」などの批判が目立ちます。
ただ、批判の中には、「言われても仕方がないな」というだけでなく、「これはゴリ押しではないのに」というものも少なくありません。
そもそも、芸能界におけるゴリ押しとはどんなものなのでしょうか?
● 「この人は伸びる」見立ての違い
最初に挙げたいのは、芸能事務所の事情。
営利事業である以上、営業戦略や売り上げ目標が存在しますし、その意味で「特定のタレントをプッシュする」のは生き残っていくうえで当然のことです。
芸能事務所が「露出が多い=人気者」というイメージの定着を狙っているのは間違いありませんし、それが気に障ってゴリ押しと言う人が多いのでしょう。
しかし、芸能事務所を経営するうえで欠かせない“おカネの稼げるタレント”を育てるためには、幅広い年齢層への認知が必要であり、大量露出を確保しようとするのは仕方がないのです。
そもそも芸能事務所は、才能や伸び代のあるタレントを見極めて、メディアにプッシュ。
成長と認知度アップを図りながら稼ぎ頭(スター)を育てることで、他のタレントたちを支え、事務所を経営しているのです。
また、一見ゴリ押しに見えるタレントでも、芸能事務所は無条件でチャンスを与えているわけではありません。
レッスンや勉強を促すほか、オーディションも受けさせていますし、マネジャーたちは地道な人脈作りと営業を重ねています。
いかにもゴリ押しと言われやすいのは、「このタレントは伸びる」という見立てが芸能事務所と一般の人々で異なったとき。
たとえば、かつて小島瑠璃子さんや剛力彩芽さんの抜擢が続いたとき、ネットではゴリ押しという声が飛び交っていましたが、芸能関係者の多くは「彼女たちが才能にあふれているのは明らか」という見立てでした。
ちなみに当時、私も2人にお会いしたとき、「すごい才能の持ち主だな」と感じました。
ただ、同時に「この才能が魅力として、すぐに浸透するかはわからないな」とも思ったものです。
案の定、2人はゴリ押しと言われてしまったのですが、その後の努力もあって、徐々に批判の声は収まっていきました。
芸能事務所のマネジャーから時々聞くのは、「当初の見立てよりも成長が遅いし、人気が上がらないから、今後のマネジメントプランを迷っている」という言葉。
「先行投資したのだから、もう少しこの路線で頑張らせたい」 「もう別の方向性も考えるべきなのか」と相反する気持ちで迷っているのです。
しかし結局、「レギュラー出演の数を減らしたくない」 「できれば主演から助演に下げたくない」と考えるのがマネジャーの性(さが)。
それを見た一般の人々から、「実力も需要もないのに誰得?」 「事務所の人以外、意味不明のゴリ押し」などと酷評を受けてしまうのです。
● ディーンや星野源はゴリ押しか?
次に挙げたいのは、タレントの事情。
タレントがゴリ押しというバッシングを最も受けやすいのは、急激に出演番組が増えたときや、「初主演」などの抜擢を受けたとき。
しかし、「日々のレッスンが実を結んだ」 「ヘアメークを工夫したことでオーディションに受かるようになった」というケースや、「もともとオファーは断らないことにしている」という意思表示など、必ずしも芸能事務所のプッシュによるものとは限りません。
また、俳優がゴリ押しと言われやすいのは、漫画の実写化など、ファンの思い入れが強く、期待値が高い役柄を演じるとき。
ただ、俳優たちは疑問の声が出ることはわかっていて、それを覆そうと覚悟を持って、役作りに挑んでいるのです。
私がタレント本人に聞いた経験では、30代男優、20代男優、20代女優、20代女性モデル、10代の女性アイドルの全員が、「ネットでゴリ押しと言われていることを知っている」と言っていました。
彼らは「エゴサーチをしなくても耳に入ってくるので、気にしないようにしています」 「そう言われなくなるように頑張ります」と苦笑い。
ただ、「心の中では傷ついているのだろう」と感じさせる人がいたのも事実です。
20代女優のマネジャーは、「それだけ名前や仕事内容を知ってもらっているだけですばらしいこと。 本人には『もっと実力をつければ大丈夫』と言っているし、それよりも応援してくれている人に目を向けてほしい」と言っていました。
ちなみに、出演が続くことをほとんどのタレントが「うれしい」と言っています。
やはり「注目されてナンボ」 「ライバルが多いから油断できない」という意識は強く、芸能事務所に対する感謝の声も聞けました。
ただ、疲労が重なったうえに、ゴリ押しというバッシングを受けたショックから、燃え尽き症候群のように芸能活動への意欲を失ってしまうケースもあり、やはり心身ともにタフでなければタレント業を続けていくのは難しいようです。
私が最近、心を痛めているのは、ディーン・フジオカさん、星野源さん、高橋一生さんら十分な実績と多彩なスキルを持つタレントへのゴリ押しという声の多さ。
業界屈指の売れっ子だけにやっかみの声が出るのは当然とはいえ、その数が多すぎるのです。
彼らがゴリ押しと言われてしまう最大の理由は、ネット記事の多さ。
1日に何本も同じタレントの記事を見たらゴリ押しと言いたくなる気持ちもわかりますが、その責任は彼らにはありません。
大小問わずほとんどのネットメディアがPV至上主義であり、ディーンさん、星野さん、高橋さんの記事をアップすると、それが飛躍的に上がるため、量産しているのです。
彼らの記事が多いのは決して「芸能事務所がプッシュしているから」ではなく、「需要があるから」なのは明白。
ネットに関して言えば、ゴリ押しと言われる大半のケースは、メディアの都合によるものなのです。
● 制作現場の意向によるゴリ押し
3番目に挙げたいのは、テレビ局の事情。
テレビ局にとって芸能事務所は重要な取引先であるたけに、「このタレントをプッシュしたい」という意向を考慮するのは当たり前のことです。
しかし、同等以上にスポンサーの意向は重要であり、芸能事務所の思いどおりにいくわけではありません。
キャスティングを手掛けるプロデューサーとの交渉で出演が決まるのであって、バーター(抱き合わせ)出演でも「気に入られず起用されなかった」 「スキルが基準に達していないため断られた」というケースがよくあります。
取材をしていてよく感じるのは、「各局のプロデューサーが、似たようなことを言っているな」ということ。
たとえば、「彼は光るものがあるから、ぜひ使いたい」 「彼女は会ってすぐに出てほしいと思った」などと言うのです。
先述したように芸能関係者はタレントの才能に気づきやすく、「オファーをするかどうか」の感覚が似通っているもの。
また、制作現場では「あの子はすごいらしいよ」などの話が飛び交っているという背景もあります。
各局の番組やCM関係者などがそれぞれオファーを出し、「結果的にゴリ押しのような状態になった」というタレントは、一般の人々が思っている以上に多く、最近は広瀬すずさんにこのような状態が起きています。
広瀬さんはさておき、このような状況は芸能事務所から見たら「痛しかゆし」の状態。
特に10〜20代前半の女性タレントは、「本当はじっくり育てたかったけど、思ったより反響がすごかったので、現場で育てる方針に変えた」というケースは少なくありません。
プロデューサーとしては、「見るからに輝いているんだから、今のうちから使って育てるべき」という考え方であり、みなさんには「制作現場の意向による不可抗力のゴリ押しがある」ことも覚えておいてほしいところです。
● ゴリ押しタレントは1人もいない
最後に挙げたいのは、一般の人々の事情。
「急激に売れたタレントを見る」 「好きな番組で何度も見掛ける」とゴリ押しと言いたくなる気持ちはあるでしょう。
また、ネット上のゴリ押しという書き込みを見ているうちに、「そうなのかも」と思いはじめる人もいます。
しかし、ほとんどのタレントが一般の人々が知らないところで、下積みを経験し、頭を下げ続け、入念な準備を重ね、激務とプレッシャーに耐えているのも事実。
確かに「プロなら当然」 「あれこれ言われる職業」ではありますが、タレントたちは一般の人々が思っているよりも努力を重ねていて、「この人はすごい」と言われる人と「ゴリ押し」と言われる人の差は思っているほどないものです。
ついバッシングしたくなった時は、そんなタレントの姿を頭に浮かべてみてはいかがでしょうか。
「タレントと一般人の間に立って解説する」という私から見て、バッシングを受けて当然のゴリ押しタレントは、一人もいません。
ネットの普及でタレントが身近になった今、かつてのような「本物のスター」としてリスペクトされることはないでしょう。
ただ、タレントもみなさんと同じ“仕事に励むビジネスパーソン”である以上、最低限の敬意は払うべきだと思うのです。
◇◇◇
木村 隆志(きむら たかし)
コラムニスト/人間関係コンサルタント/テレビ解説者
テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。
さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。
著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』(TAC出版)など
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